季語は四季折々の風情を愛でる日本文化の象徴です。季語に含められる動植物を中心に、写真付きの俳句歳時記風にまとめた「季語シリーズ」、今回は秋の第十三回です。猫凡という俳号で自作の句を入れています。
【彼岸花】
日本のヒガンバナは種子ができず、分球で増えますから、基本的には誰かがそこに植えたということです。ゆえに人里離れたところでは殆ど見られません。その毒で墓を野生動物から守るかと思えば、飢饉の折にはよーく晒して食べたり、人との関わりが深いのです。
曼珠沙華暗き太陽あるごとし 阿部みどり女
「火の用心」彼岸花燃え消火栓 猫凡
彼岸花は【捨子花】とも。『滑稽雑談』によれば「葉々に別るるの謂なり」。葉っぱのない状態で咲くから葉々(母)に別れた子供のようだという洒落ですね。
捨子花顔仰向くるあはれなり 岡本眸
捨子花立ち去り難く黒き蝶 猫凡
【リコリス】
リコリスはヒガンバナ科の総称ですが、ヒガンバナを除くことが多いようです(ややこしい)。「らんまん」で有名になったキツネノカミソリや写真の鍾馗水仙(golden spider lily)もリコリス。
きつねのかみそり一人前と思ふなよ 飯島晴子
子供らをリコリス送る通学路 猫凡
【木槿(むくげ)】
アジアを代表する美花で、韓国の国花。朝開き夜には萎むため、人の栄光の儚さを「槿花一日の栄」と言います。またの名を【底紅】。
底紅や黙つてあがる母の家 千葉皓史
白木槿ただ一輪のそこに在り 猫凡
【秋の浜】【秋渚(あきなぎさ)】
人気がなくなり、ひっそりとした静かな風情。
皆で歩し後ひとり歩す秋の浜 三橋鷹女
秋渚これからどれほど看送るか 猫凡
【末成り・末生り(うらなり)】
瓜などで時期が過ぎてから蔓の先の方になった実。盛りを過ぎているので概して小ぶりで色艶も味も劣ります。
潮騒のたまるうらなり南瓜かな 中悦子
うらなりの糸瓜そのまま糸となり 猫凡
【蝗・稲子(いなご)】
バッタ科イナゴ亜科等の総称、ですが、トノサマバッタに似たタイプのバッタと捉えておけば良いのではないでしょうか。稲の害虫駆除とタンパク源確保の一石二鳥で、信州等では昔から捕獲され食されてきました。
顎引いて蝗もつともらしき貌 平石和美
土蝗草の向くままさかしまに 猫凡
いなごでもう一句。
蝗とべ死すとも無為の死にあらず 猫凡
【秋桜、コスモス】
誰からも愛されるキク科の一年草。群生して風に揺れる風情、譬え難し。写真は黄花コスモス。
嘘すこしコスモスすこし揺れにけり 三井葉子
人過ぎし後もコスモス道の端 猫凡
【稲】
日本人にとって最重要な植物。命根、息根が転じてイネとなったとか、美苗(いつくしな)に由来するなど諸説ありますが、命を維持する美しい植物という思いが込められた名であることは確かでしょう。
稲無限不意に涙の堰を切る 渡辺白泉
稲風に我が細胞ら蘇へり 猫凡
【酔芙蓉】
アオイ科の低木で、朝は白く、午後には桃色がかり、夕方には赤くなって萎むことから、酔の字を冠されています。
余生にもあるときめきや酔芙蓉 江間蕗子
酔芙蓉見事に生まれ見事落ち 猫凡
【芒・薄(すすき)】
秋の七草の一つ。いわば秋の化身。
芒挿す光年といふ美しき距離 奥坂まや
すすき揺れかるがもの群れただ浮かぶ
このひと時はこの時のみと 猫凡
【真弓の実】
真弓(檀)はニシキギ科の落葉樹。強くしなやかな材で弓を作ったことからの命名。写真はコマユミです。どちらも秋が深まると実が弾け、真紅の種子が覗きます。種子は冬鳥たちの好物ですが、人間が食べると下痢や麻痺を起こすそうです。紅葉も一見の価値あり。
父も母も君も無き世のまゆみの実 殿村菟絲子
君がため育てし檀一つ成り 猫凡
【蟷螂】
独特の姿で馴染み深い昆虫。「蟷螂はむか腹立つが仕事かな」(一茶)。食われる虫が可哀想に思え、カマキリが悪者にされがちですが、それもカマキリにとっては「仕事」つまり生きることです。共食いで倒れた姿など見かけると、もののあはれを感じます。
宿までかまきりついてきたか 山頭火
蟷螂の頭胸部のみ路にあり 猫凡
【秋の蝶】
浅葱斑(アサギマダラ)は意外にも春の季語にされています。どう考えても秋の風情ですけどね。浅葱斑を詠みたければ【秋の蝶】として詠むしかないことになりますが、この季語の本意は春夏に比べて弱々しい蝶ということですから、どうにもそぐわないのです。
何追うて越ゆる峠か秋の蝶 金箱戈止夫
空の青微かに映し秋の蝶 猫凡
【柿】
秋空に赤く浮かんだ柿の実。日本の山里を象徴する風景です。
柿が赤くて住めば住まれる家の木として 山頭火
老爺柿一つなれこそたふとけれ 猫凡
柿でもう一句。
唯独り柿見上ぐれば風の吹き 猫凡
【痰切豆(たんきりまめ)、吐切豆(ときりまめ)】
蔓性のマメで、花は薄い黄色で小さく目立ちませんが、果実が熟すとオレンジ色に染まってよく目につきます。中には黒光りする種子を2個収めています。この種子に痰を切る効能があるとされていますが、重井薬用植物園のホームページによれば、効能があるかどうかはよく分からないようです。種子は鳥によって散布されます。雛鳥が大きく口を開けた様子にも見え、いかにも鳥を惹きつけそう。歳時記未収載。
痰切豆行く秋恋し実り待つ 楽天ブログ「花の歳時記」より転載(https://plaza.rakuten.co.jp/tennanshou/diary/202110060000-amp/)
痰切豆雛から親へ給餌せり 猫凡
【後の月】【十三夜】
旧暦9月13日の夜の月。旧暦8月15日の十五夜つまり中秋の名月に次いで美しいものとされています。平安時代919年(延喜19年)に、醍醐天皇が平安京の清涼殿で月見の宴を催されたのが、九月十三夜の始まりとか。
りりとのみりりとのみ虫十三夜 皆吉爽雨
釣れぬ夜もまた良し今宵十三夜 猫凡
【月渡る】
月が秋の夜空を渡ること。
石室に百代の眠り月渡る A・アメリ(https://note.com/lively_cosmos648/n/n4bfde6539a29より転載)
ハイウェイ滑るが如く月渡る 猫凡
いかがでしたか?「季語シリーズ」は能う限り続けてまいります。次回もどうぞお楽しみに。
今回も季語シリーズで勉強させていただきます。✍
イナゴとカマキリのpicイナゴ側から大迫力ですね。🦗👏👏👏
別の日なのかカマキリの末路、悲しいけれどそれも自然の摂理。
句の方は三井葉子さんの
「嘘すこしコスモスすこし揺れにけり」
いいなぁと思います。気持ちも揺れているのですね。
ねこたんぽさんの句は
「子供らをリコリス送る通学路」がさりげなくて好きです。
今回もお世話になります。
よろしくお願いします😉