季語は四季折々の風情を愛でる日本文化の象徴です。季語に含められる動植物を中心に、写真付きの俳句歳時記風にまとめた「季語シリーズ」、今回は秋の第九回です。猫凡という俳号で自作の句を入れています。
【鶏頭】
ヒユ科一年草。花序を雄鶏の鶏冠に見立てて鶏頭です。写真は野鶏頭(セロシア)。ギリシャ語ケレオス(燃やした)の通り、沢山の蝋燭の炎のようです。
鶏頭を抜けばくるもの風と雪 大野林火
野鶏頭病苦の人に力あれ 猫凡
※自句自解:病院の庭に野鶏頭(セロシア)。エールを送るキャンドルライトのように優しく揺れていました。
【藤の実】
藤はマメ科ですから、鞘入りの種子を付けます。夏の終わりには産毛に覆われた緑の鞘で柔らかい印象ですが、晩秋には乾いた茶色に熟します。乾燥すると鞘がねじれるため、その反動で種子を散布するのです。フジの実は大きいため、大きな音をたてて種子をばらまくそうですが、その音をまだ聞いたことがありません。
藤の実の揺るる海鳴り日もすがら 加藤斐子
藤の実や連なり群れつただ独り 猫凡
【野朝顔】
通常の朝顔は一年草だが、此奴はそんなにやわではない。冬を根っこでやり過ごし、時至らば猛然と蔓延り、あらゆるものを呑み込んでゆく。されどその花甚だ柔らかく日に透けて可憐也。
野朝顔家を呑み込み家の形 猫凡
【藪枯らし】
ブドウ科多年生蔓植物。薮さえ枯らすほど蔓延るという名でしょうけれど、花弁のない花はよく見ると愛らしいばかりか、蜜がむき出しで虫たちに大人気。虫の観察者にも人気の雑草です。
藪からし振り捨て難く村に住む 百合山羽公
薮枯たやすく千切れ二枚腰 猫凡
【蜻蛉(とんぼ、あきつ)】
トンボ目の昆虫で飛行の名手。これにかかれば蚊など静止しているが如きもの。日に百匹食べるとも。幼虫は水生のヤゴで、これもボウフラなどを貪り食う。
ためらってまた矢のごとき蜻蛉かな 小沢信男
蜻蛉師匠愚昧な我に首傾げ 猫凡
【彼岸花】
またの名を曼珠沙華。ヒガンバナ科の球根植物。秋の彼岸の頃、土筆のようでいて色鮮やかな蕾が整列、一斉に開花した後、葉が出ます。
砂に陽のしみ入る音ぞ曼珠沙華 佐藤鬼房
「かもめ」発つ手を振る人と彼岸花 猫凡
※作者ノート:2022年9月23日(金)、西九州新幹線が開業、午前6時17分、西の始発長崎駅では長濱ねるさんの合図で大勢の人に見送られ、一番列車の「かもめ」が出発しました。赤と白が特徴です。一方、長崎ー博多間の特急「かもめ」はラストラン。こちらも多くの鉄道ファンに見送られました。
【芒(すすき)】
イネ科の多年草で、秋の七草の一つ。秋風に揺れ、陽射しを浴びて煌めく穂は例えようもなく美しいが、葉にはガラス質が含まれ、不用意に触ると手が切れる。
花芒金井克子の無表情 秋尾
入道と一叢芒がっぷり四つ 猫凡
秋の高い空に手を伸ばしているような芒を見て。二句。
届かぬと知れどこの手を野辺芒 猫凡
憧(あくがれ)て触(ふる)れば切れる恋芒 猫凡
【瓢の笛(ひょんのふえ)】
イスノキの虫癭(ちゅうえい。いわゆるムシコブ)。イスノキには9種を超すアブラムシが寄生して虫癭を作りますが、中でもモンゼンイスアブラムシやイスノフシアブラムシによるコブは大型で、開口部から息を吹き込むとヒョウとなるのでヒョンの木と呼ばれます。梅雨時にはこの笛は木に生っているのですが、寂しげな音が秋に似合うので秋の季語とされているのでしょう。
ひょんの笛素直に吹けば鳴りにけり 北野惠美子
瓢の笛円周率は3.14‥ 猫凡
※自句自解:イスノキの大きなムシコブ、モンゼンイスアブラムシたちが集団で抜け出した脱出口の見事な正円!どうしたらこう測ったように綺麗な円をくり抜けるのか?円周率の計算も正確にできそうです。
【処暑】
二十四節気の一つで立秋の十五日後。暑さが一段落つく頃の意ですが、昨今の気象事情ではまだまだ暑いですね。
妻死後の空のふかさを処暑として 能村登四郎
出社する人の背高し処暑到る 猫凡
※自句自解:夏が過ぎ、涼風吹き始めると、身体がしゃんとして背筋が伸びる気がします。項垂れていた出勤の人々の背が幾らか高くなったよう。
処暑処暑と鳴きつ熊蝉力尽く 猫凡
【青桐の実】【梧桐(ごとう、ごどう)の実】
青桐はアオギリ科の落葉高木。桐に似た大きな葉、青い幹にもまして特徴的なのは果実。ボートの縁に4個の種子を乗せた独特の形状をしています。くるりくるりと回りながら落下することで風を捉え、出来るだけ親木から遠くに旅立とうとする戦略(風散布)です。
青桐の實の霜枯れて水鏡 竹田節
梧桐の実夢見ていたねあの頃は 猫凡
海辺にもよく生えているので、空を飛ぶだけでなく、海に落下した時は舟の役割をするのじゃないかと私は想像しています。風散布だけでなく水散布もあるのだろうと。
そこでもう一句。
遠き日や想ひ漂ひ梧桐の実 猫凡
手の上の梧桐の舟夢運び ケロ女(ミーシーさん)
【コスモス】
キク科一年草。桜には似ていませんが【秋桜】とも。風に揺れる様は「すいません。何も言えねぇ」。
嘘すこしコスモスすこし揺れにけり 三井葉子
ただ一輪コスモス広き空の下 猫凡
【野分】
秋に吹く暴風。台風と同義に使われることも。
鶏頭起きる野分の地より艶然と 橋本多佳子
台風14号襲来
野分立つ息もつけずに濡れ鼠 猫凡
【秋の暮】【秋の夕】
暗くなるのが早くなってきたなぁ、と空を見上げれば、薄くて多様な雲が茜に染まっている。そんな秋の夕暮れ時。
乗りてすぐ市電灯ともす秋の暮 鷹羽狩行
去る鳥に来し方想ふ秋の夕 猫凡
【待宵】
中秋の名月の前の夜、およびその晩の月のこと。【小望月】とも。見事な満月を待つ心が本意です。因みに「宵待草」という竹久夢二の有名な歌がありますね。「待宵」、「宵待」、どちらなのか?本来「待宵」が正しく、植物もマツヨイグサです。宵待草というのは音の響きから夢二が創作した言葉だというのが定説のようです。
待宵や芒ばかりの山の音 岡田貞峰
小望月共寝し見れば大真円 猫凡
【満月】【望月】
陰暦では月の見えない新月の日が「月立ち=ついたち」でした。ここを起点として15日がおおよそ満月となります。陰暦8月15日の満月は格別情趣が深いものとして【十五夜】【満月】【名月】【望月】などと呼び、他の月の満月は例えば【冬満月】などと呼ぶのです。
満月の浅瀬は砂を吐きつづけ 山岸由佳
望の夜や吾妹の瞳底知れず 猫凡
【十六夜(いざよい)】
十五夜の翌日の月。月の出が遅くなり、十六夜は十五夜よりも登場をためらっているように見えるため、「ためらう」という意味の「いざよう」が名詞化し「いざよい」となったそうです。
十六夜や飛ぶ鳥もなき草の原 中島月笠
十六夜の君の瞳にいざ酔わん 猫凡
【思ひ草】
寄生植物南蛮煙管(なんばんぎせる)の異名。ススキなどの葉影でそっと俯いて咲く風情から。
思ひ草おもひ尽くせしさまに枯れ 彦根伊波穂
思ひ草人各々の痛みあり 猫凡
※作者ノート:同じ場所に群生しているくせにそれぞれが勝手な方を向いて咲くナンバンギセル。それでも皆一様に俯いている。旧約聖書、列王第一8:38の「誰もがその心に災厄を抱えている」というくだりを思い出しました。
【狗酸漿(いぬほおずき)】
ナス科の雑草で、ピーマンなどにそっくりの白〜薄紫の小花を咲かせ、黒い実を付けます。ばかなす(馬鹿茄子)、くさなすび(久佐那須比)の異名あり。花言葉は「嘘つき」とさんざん。厳密に言えばイヌホオズキ、オオイヌホオズキ、アメリカイヌホオズキ、テリミノイヌホオズキなどがありますが、俳句ではそこまで区別して言わなくても良い気がします。
木偶と謗らるくさなすび白く在り 猫凡
嘘吐きの馬鹿のと言われ草茄子泥に塗れず凛として咲く 猫凡
お楽しみ頂けたでしょうか?季語シリーズは能う限り続けていくつもりです。次回もどうぞお付き合い下さいね。
うたを、拝見させていただき、文化の秋を堪能させていただきました‼️~☺️
有り難うございます🎵