季語は四季折々の風情を愛でる日本文化の象徴です。季語に含められる動植物を中心に、写真付きの俳句歳時記風にまとめた「季語シリーズ」、今回は夏の第十集です。今回も俳号猫凡で自作の句を入れています。
【花卯木(はなうつぎ)】
【卯の花】ともいい、枝の芯が空洞化するので空木(うつぎ)です。俳句の世界では雪のように白い花のイメージですが、桃色のサクラウツギなどもあります。ゴールデンウィーク頃開花するので、春から初夏への変化の花とも言えます。
卯の花の咲けばそゞろに旅心 星野立子
桜空木過ぎゆく春を惜しみつつ 猫凡
【小満】
二十四節気の八。「万物盈満(えいまん)すれば草木枝葉繁る」と暦便覧にある通り、生命感が満ち溢れてくる実感が込められています。沖縄では次の節気「芒種(ぼうしゅ)」と合わせた「小満芒種(すーまんぼーすー)」という語が「梅雨」の意味で使われます。
湿孕み小満芒種(すーまんぼーす)の風吹きぬ 猫凡
【花山椒】【青山椒】
山椒そのものでは季語になっていません。「山椒の花」「花山椒」「青山椒」が夏の季語です。夏の土用の鰻のベストパートナー。清涼感あるジャパニーズハーブ。
青山椒雨には少し酒ほしき 星野麥丘人
青山椒揚羽も薬味を欲するか 猫凡
【雪の下】
非常に身近ですが、葉も花も見れば見るほど風流な山野草。葉は天麩羅にも薬にもなります。紅色のランナー(走出枝)で旺盛に繁殖します。葉の形から【虎耳草】【鴨足草】とも。クリオネに似た花を梅雨時に咲かせることで夏の季語となっています。
虎耳草もの憂きまでの数に増え 河野南畦
雪の下明日天気にしておくれ 猫凡
【桐の花】
花札でお馴染み。枝先に紫の花を円錐状に付け、引いて見るとなんとも言えない風情があります。どこまでも柔らかく、なよやかな花。
なつかしき遠さに雨の桐の花 行方克巳
桐の花は降り出しそうな時に見る 猫凡
【夏の空】
光が強いゆえにコントラストが明瞭でクッキリした印象を与える空。
紅き海名のみにすぎぬ夏の空 横光利一
夏空を秘めて葉虫の大いなり 猫凡
※作者ノート:この写真を見せた時に妻が言ったのです。「空が映ってる!素敵ね」と。そこですっとこの句が出来ました。
【山法師の花】
4枚の総苞片が目立ちますが、真の花は中央のボタン状の部分です。幾何学的でありながら優しさも感じさせます。ハナミズキとは近縁。
葉と花といづれも平ら山法師 岩鼻十三女
渇く者よ此処で飲め山法師花 猫凡
【浅沙の花】
アサザは日本各地の湖沼に自生する多年生水草。縁が細かくフリル状になった花弁が特徴的です。一日花で、午後になると閉じてしまいます。
花あさざ湖底は浅くひかりをり 岡野ひろ子
浅沙咲き君のうなじの汗涼し 猫凡
【ラベンダー】
代表的なハーブで、こう見えて木です。地中海地方原産。誰もが好む爽やかな香り。
ラベンダー畑遠ざかる程に濃し 嶋田摩耶子
紫の海幻かラベンダー 猫凡
【柿の花】
これほど身近な木ですが、花を見たことがない人が圧倒的に多いのでは。小さな壺の形で色は優しく、緑の萼の方が威張っています。
柿の花きのふ散りしは黄ばみ見ゆ 蕪村
柿の色仄かに浮かべ柿の花 猫凡
【烏柄杓(からすびしゃく)】
田畑の畦などに自生もしくは植えられてよく見かけるサトイモ科の多年草。蝮草、浦島草、武蔵鎧などと同じ仏炎苞を出すも目立たず。塊根は生薬半夏で半夏厚朴湯、二陳湯、麦門冬湯など重要処方の要をなす。
負け馬へからすびしやくのざんざ降り 小枝秀穂女
鎌首は烏柄杓か山楝蛇 猫凡
※作者ノート:山楝蛇(ヤマカガシ)は日本各地の水辺で見られる蛇。カガシとは日本の古語で「蛇」を指す。田んぼで蛙を食して生活しているため、畦に植えられる烏柄杓とは馴染みが良い。烏柄杓の仏炎苞は蛇の鎌首をもたげた姿を思わせるのだが、その場合の蛇はやはりヤマカガシであろう。
【若葉】
木々の瑞々しい新葉のことです。場所を付して里若葉、山若葉、気象天文と結びつけて若葉寒、若葉風、若葉雨などと言葉の世界が広がっていきます。
子烏のづぶと濡れたる若葉かな 素丸
若葉照り病室の陰なほ深し 猫凡
【緑】【緑さす】
「若葉」と似た語ですが、「若葉」が柔らかな感じを抱かせるのに対し、目に鮮やかで清々しい語感です。
こんなことに泣けて緑の中にゐる 池本光子
齷齪(あくせく)の夕見上げれば緑さし 猫凡
【風露草(ふうろそう)】
実はフウロソウとは何か、はっきりしていないのです。ゲンノショウコを指すという説が有力ですが。写真のアメリカフウロを含め、ハクサンフウロ、チシマフウロ、エゾフウロなど、フウロソウ属を広く含めて良いと思われます。
千島風露咲いてオロロン鳥孵へる 石原八束
剖検室脇に赤鬼風露草 猫凡
【要の花】
生垣によく用いられるバラ科の(ベニ)カナメモチの花。初夏に白い小花を密集させ、多くの虫が訪れます。和漢三才図会に「その木もつとも堅硬にして扇骨(かなめ)となすに堪へたり。ゆゑに名づく」とあり、扇骨、金目、加奈女など様々な表記が許されるようです。
要咲く山垣尽きて波の音 藤田れい子
虫たちの花見場所取り要花 猫凡
【姥百合(うばゆり)】
【百合の花】は殆ど全て夏の季語とされています。ゆりは「揺り」、「百合」は球根の鱗片が重なり合うことに由来します。姥百合は林床などでひっそり咲く野生の百合で、花後の弾けた鞘の方が目に付くかもしれません。花が咲く頃に葉が枯れてくる事が多く、そのことを歯(葉)のない姥に例えたらしいのですが、実際は花と葉が同時に見られることが多いです。
姥百合の林中己が影避けて 飯島晴子
姥百合を指して弾ける山ガール 猫凡
【夏萩】
六月頃から咲き始める宮城野萩、七月頃開花する犬萩、猫萩、あるいはまだ花をつけない青々と茂った萩を指し、七草の萩とは違った生命感に満ちています。
夏萩の倒るるばかりたふれざる 佐々木六戈
夏萩や萩らしからず天を衝き 猫凡
【ゼラニウム】
南アフリカ原産で江戸時代にオランダから渡来した多肉の多年草。和名は天竺葵(てんじくあおい)。オランダでは窓辺を飾る花として極めて一般的です。
ゼラニウムの窓掠(かす)めしか暁(あけ)の雨 中村汀女
ゼラニウム自由の空を見上げ咲け 猫凡
※作者ノート:私にとってゼラニウムはオランダでありアンネ・フランクです。アンネが街路を駆け回っていたアムステルダムの窓辺は今と同様ゼラニウムで生き生きと飾られていたことでしょう。この花が天に向かって花茎を伸ばす様は、隠れ家の窓から自由を希求したアンネの姿に重なるのです。
【夜市】【夜店】
縁日などに神社仏閣の境内、商店街辺りに露店が並び、夕涼みがてら家族でそぞろ歩く。懐かしい日本の光景。
耳朶に灯の透きし夜店の白兎 土生重次
土曜夜市ひよこの前に座り込み 猫凡
※作者ノート:エゴの盆栽をソネングラスで照らすとお祭りの提燈の風情。下関旧市街、茶山〜豊前田では夏に土曜夜市が開催されていて、子供の頃は楽しみでそわそわしたものでした。金魚掬いに射的や風船釣り、綿菓子、ラムネ、りんご飴、お面を並べた店もありましたが、私を釘付けにしたのはやはり生き物たち。亀の子、オカヤドカリ、そしてひよこ。欲しいけれど貧しい親にねだることも憚られる‥じっと座って見つめていたような。
【えごの花】
果皮がえぐいので「えご」ですが、花が美しく、実は石鹸代わりになったり、搾り汁を川に流して魚を獲ったりできるので、山の幸の木の意味で一名【山苣(やまぢさ)の花】。
水底の魚影を追いてえごの散る 火村卓造
山苣咲きて生命の宇宙また巡り 猫凡
如何でしたか?季語シリーズは能う限り続けていくつもりです。次回をお楽しみに。