季語は四季折々の風情を愛でる日本文化の象徴です。季語に含められる動植物を中心に、写真付きの俳句歳時記風にまとめた「季語シリーズ」、今回は夏の第十八回です。例句に石橋秀野を多く収載しました。「蝉時雨子は担送車に追ひつけず」で知られる早逝の女流俳人です。なお、猫凡というのは私の俳号です。
【浜木綿の花】
ヒガンバナの仲間で海岸に自生、夏の夜、香り高い白花を開きます。下関の「市の花」で、ハマユウを中心とした吉母海岸植物群落は下関市指定文化財です。浜万年青(はまおもと)とも。
浜木綿に太古の濤の寄するなり 長渡万太郎
浜木綿も恋も渚で夜開き 猫凡
【梅雨】
東アジアの初夏の雨季。雨続きで鬱陶しい一方、木々の緑が瑞々しく美しい時期でもあります。
濤音や都をいづる梅雨二タ夜 石橋秀野
つるつると硝子洗ひて梅雨到る 猫凡
【甘藷植う】【藷挿す(いもさす)】
五月から六月頃、苗床で育てたさつまいもを畑の畝に植えること。ちなみに芋は里芋、藷はさつまいもを指すことが多いようです。
甘藷植ゑて島人灼くる雲にめげず 大野林火
唐藷や新芽デルタの赤き河 猫凡
【バーベナ】
クマツヅラ科の草本。小さい花がたくさん集まって咲く手まりのような花姿をしており、個々の花の形が桜に似ていることから、美女桜とも呼ばれます。
美女桜科を作って雨乞いし isamuの写真俳句、より転載 https://plaza.rakuten.co.jp/136mori/diary/201808200000-amp/
バーベナやへなへな揺れつ花盛り 猫凡
【雨蛙】
ニホンアマガエルはカエルのくせに水に浸かるのが苦手で、樹上、葉上でよく見かけます。ゆえに「枝蛙」とも。夜、大群の合唱を聴いていると地球の荘厳な営みを感じます。
一斉に水の地球の雨蛙 佐藤たけを
草臥れた男よ眠れ雨蛙 猫凡
【梅雨入晴(ついりばれ)】
「梅雨晴」ともいい、梅雨の間の一時的な晴れ(=五月晴)、あるいは梅雨が終わって晴れること(三省堂の現代語古語類語辞典)。
梳る必死の指に梅雨晴間 石橋秀野
梅雨入晴道行く人の背筋伸び 猫凡
【桐の花】
キリ科の落葉樹。初夏、枝先に花札でお馴染みの紫の円錐花序を付けます。材は軽くて狂いが少ないため、家具、楽器、下駄などの材料として珍重されます。
花桐に真夜の狭霧の流れけり 石橋秀野
桐の花ただひたぶるに亭亭と 猫凡
【蟷螂生る】
カマキリが卵鞘から続々と孵化する様。一つの卵鞘には数百の卵が収められています。孵化するのは前幼虫といって、ホウネンエビのような姿をしていますが、糸でぶら下りながらすぐに脱皮してカマキリらしい姿の一齢幼虫となります。
子蟷螂風に吹かれて生まれしか 右城暮石
カプセルホテル出るや背伸びの子蟷螂 猫凡
【苔茂る】
苔が青々して来る様で、苔青し、とか、苔むす、に近い言葉です。地衣類も昔は苔という言葉に含まれていたようです。
苔茂るオランダ塀の上の瀬戸 石原八束
セメントに苔茂る物みな廻る 猫凡
※自句自解:古いコンクリート塀に二枚貝の殻が埋没しているのを見かけました。セメントは石灰岩つまりサンゴ礁由来ですから、海が陸に上がったようなものです。そこに地衣類が貼り付いています。気の遠くなるほどの時を経て、この塀も分解されて海へ還り、いずれまた隆起して陸となるのでしょう。
【夏】
四季のうち五行の火に相当する季節で、その気は「生」。ものみな生長するとされますが、昨今の炎暑ではものみな萎る心持ちになります。黄帝内経素問では夏に「天地の気は交わり、万物は花開き実を結ぶ。夜になれば眠り、早起きして、太陽を厭わず、気持ちを快活に保って怒らず、外で活動して気を発散させる。これが夏の養生」と説きます。御参考まで。
かなしさよ夏病みこもる髪ながし 石橋秀野
子らに生老人には死それが夏 猫凡
【蜥蜴(とかげ)】
蛇に似ていますが脚がある爬虫類で、俳句ではニホントカゲだけでなくカナヘビも含まれると考えます。
蜥蜴の眼三億年を溜めてゐる 平井照敏
一瞬の迅さ蜥蜴の稲光 猫凡
【暑し】
春の暖、秋の冷、冬の寒に対応する体感。同じ暑でも、蒸し蒸しした梅雨の感覚もあれば、炎天下のコンクリートやマンホール蓋の放射する暑さもあり、多様です。
労咳に眉生えつゞく暑さかな 石橋秀野
赤錆熱し赤苔暑し下関 猫凡
【新馬鈴薯(しんじゃが)】
走りのじゃがいも、またの名を走り藷。小ぶりで皮が薄く、味はさっぱりとしています。
新ジヤガや子をすかす喉すでに嗄れ 石橋秀野
走りいも細胞密なる堅さ佳し 猫凡
【夏日影】
夏の陽射しのことです。日陰なら影の方ですが、日影と書けば月影と同じく光を指します。「夏の日」も同じ意味に使われることがあります。
夏の日や潮の光りと鱚上ぐる 村山故郷
夏日影舗道に蝶を刻み付け 猫凡
【昼顔】
朝顔、夕顔というスターの陰に隠れていますが、夏の日盛りに天を向いて咲く姿は良いものです。
子どもらよ昼顔咲きぬ瓜むかん 芭蕉
昼顔やソフトクリーム買いに行こう 猫凡
【守宮(やもり)】
民家を住まいとする身近な爬虫類。夜行性で、灯火に集まる昆虫を次々に捕食します。不鮮明ながらこの写真でも足指の複雑な縞模様が認識できます。ヤモリの足指には非常に多くの微小な剛毛が生えており、一つ一つの剛毛から無数の小さなヘラ状構造が分枝しているそうです。このヘラ状構造によって接着面積を最大化し、体重の負荷を分散させ、自身と接着面との間に働くファンデルワールス力を驚異的に増加させているため、どんな壁でも落ちずにいられるという説が有力ですが、実はまだまだ謎だらけらしいですよ。
守宮縮み獲物の前の一呼吸 加藤瑠璃子
見えぬもの掴んで守宮音も無く 猫凡
【額の花】
ガクアジサイのこと。中心の両性花を周辺の装飾花が額縁のように囲むことから。通常の紫陽花よりも野趣があります。
あけがたや額の咲くより空ひくゝ 石橋秀野
廃屋で誰を迎ふや額の花 猫凡
【擬宝珠(ぎぼうし)】
ユリ科の多年草。葉の形が橋の手すりなどにあるネギの花のような飾り(擬宝珠)に似ていることから。初夏に長い花茎を出し、筒状の花を横向きにつけます。
花擬宝珠暮色とゞまりをりにけり 星野立子
亡き人の蒼きくちびる花擬宝珠 猫凡
【植田(うゑた)】
苗の植えられたばかりの田。伸びてくると青田となります。
いとけなく植田となりてなびきをり 橋本多佳子
空も山も懐に抱き植田水 猫凡
【梔子の花(くちなしのはな)】
梅雨ごろ白い花を咲かせる常緑樹。甘い香りが佳いのですが、花の寿命は短く、すぐに茶色っぽくなって落ちてしまいます。スズメガの一種オオスカシバの幼虫の食草で、気が付けば丸裸ということも。
われ嗅ぎしあとくちなしの花の錆び 山口速
梔子の花白く香って萎びてfin 猫凡
いかがでしたか。季語シリーズは能うかぎり続けてゆきます。次回もどうぞお楽しみに。
美味しそうです😋
ヤモリといえば、夫はなんとなくハチュ苦手っぽい😅
お腹ぺったりが可愛い💕というといつも微妙な顔をされます😅