季語は四季折々の風情を愛でる日本文化の象徴です。季語に含められる動植物を中心に、写真付きの俳句歳時記風にまとめた「季語シリーズ」、今回は夏の第九回です。猫凡という俳号で自作の句を入れています。
【鳳梨(パイナップル、アナナス)】
南米生まれの甘酸っぱい果物。サトウキビと並ぶ沖縄イメージの植物。葉を引っこ抜いて植えれば増やせることは園芸家なら周知のこと。但し収穫まで3、4年の辛抱を要す。
離陸音とぎれパイナップル畑 坂本宮尾
小暑到り鳳梨突如現るゞ 猫凡
【ゼラニウム】
フウロソウ科の多年草。花言葉は「尊敬」ですが、色別では白が「あなたの愛を信じない」、赤は「君がいて幸せ」、ピンクが「決意」、深紅が「憂鬱」、黄が「予期せぬ出会い」だそうです。ではこのアップルブロッサムだと⁇
ゼラニューム午後の雲満ちひろがるも 有働亨
ゼラニウム撮りて背中を蚊に喰はれ 猫凡
※作者ノート:ゼラニウムにはシトロネラの蚊除け成分であるシトロネラールがある程度含まれています。しかし通常のゼラニウムには夢中で撮影している絶好のカモを守るほどの虫除け効果は無いことが実証されました。
【雨蛙】
最も身近な蛙で、草に同化した美しい色、小さくぷっくりした体から、カエル嫌いでもこれは許すという人少なからず。
恐る~芭蕉に乗つて雨蛙 夏目漱石
陰鬱な日こそ唄うや雨蛙 猫凡
【下野(しもつけ)】
バラ科落葉低木で、花言葉は「いつもあなたを待っています」。【繍線菊】という表記もあります。
後の日に知る繍線菊の名もやさし 山口誓子
繍線菊咲く胸にソーダの弾けし如 猫凡
【紫小灰蝶(むらさきしじみ)】
一般に【蝶】は春の季語ですが、この蝶は暖地性で、梅雨頃から見られるようになるので、夏の季語にして欲しいところです。なかなか翅を開かず、その美しい瑠璃色を見るには根気が必要です。
石棺を開くが如く紫小灰蝶 猫凡
※作者ノート:さんざん気をもたせて一瞬垣間見せる翅の青の鮮烈。ツタンカーメンマスクのラピスラズリに心うたれたカーターのことを思い出しました。
【蕺菜(どくだみ)】【十薬】
半日陰に逞しく繁殖し、清しい十字の苞片の目立つ花穂を付ける。重要生薬でありながら不当に嫌われるいじらしい草。
十薬や才気ささふるもの狂気 鷹羽狩行
※ねこ流解釈:ドクダミは非常に有用なのに嫌われます。ジメジメしたイメージや独特の臭いのせいでしょう。天才と気◯がいは紙一重、と言われます。ドクダミを見て、多くの天才が自死したことに思いを馳せた句のようです。
蕺菜や泥中泥に塗れざり 猫凡
※作者ノート:暗い、蔓延る、臭い。散々悪く言われるどくだみですが、その花の白さ、道端の泥にも汚れず純白を保ち、その香気と相まって私は気高いものを感じます。
【多佳子忌】【緑蔭】
1963年5月29日、敬愛する俳人橋本多佳子が胆嚢癌で没しました。
いなびかり北よりすれば北を見る
雪はげし抱かれて息のつまりしこと
罌粟ひらく髪の先まで寂しきとき
これら鮮烈な句によって忘れ難い印象を残した多佳子。【緑蔭】で一句選んでみました。
風騒ぐ緑蔭の幹背を凭せ 橋本多佳子
湿り気を風に感じて多佳子の忌 猫凡
【五月尽(ごがつじん)】
五月が終わる、それだけですが、梅雨や真夏のキライな方には憂鬱、ようやく新たな環境に慣れてきた若者にはさあこれからという新鮮な思い、などなど、それぞれの感慨を込めて使えばよいのではないでしょうか?
旅人に雉子鳴く山も五月尽 山口青邨
天南星の青い実のぞく五月尽 猫凡
【蝸牛(かたつむり・かぎゅう)】
最も馴染み深い陸生巻貝。同じく夏の季語の「蛞蝓(なめくじ)」とは殆ど同じ生き物なのに、殻の有る無しで扱いは天地の差。
かたつむりたましひ星にもらひけり 成瀬櫻桃子
かたつぶり固く閉ざして息潜め 猫凡
蝸牛迷路の奥に生命あり 猫凡
【梔子(くちなし)の花】
甘い香りでその存在がすぐに知れる初夏の花。白く清らかだがすぐに萎んで茶色くなってしまう。果実は生薬山梔子で、裂開しないことから「口無し」。
口なしの花はや文の褪せるごと 中村草田男
くちなしを待ちつ言ひたきこと抑へ 猫凡
【蟻】
ハチの仲間の社会性昆虫。「怠け者よ、蟻のところに行け」とソロモン王は言いました。古来勤勉さの象徴です。
こんこんと蟻湧きいづる風大地 橋本多佳子
糧担ぎよろめく蟻よ我も生く 猫凡
【睡蓮木(すいれんぼく)】
南アフリカ原産のアオイ科常緑低木。日本の多くの土地では屋内に入れてやって冬を越し、夏に睡蓮に似た美花を付けます。歳時記未収載ですが、木の名前といい花の風情といい、詠まずにいられましょうや。
雨後の昼微睡む如く睡蓮木 猫凡
【仙人掌(さぼてん)】
刺座ないしアレオーレ(areole)から棘状の葉を出す多肉植物。ウチワサボテンの樹液を石鹸即ちシャボンとして使っていたためシャボテン、転じてサボテンとなったと言われています。江戸時代には既に観賞用に盛んに栽培されていました。
さぼてんにどうだと下る糸瓜哉 一茶
仙人掌は完全変態昆虫類 猫凡
※作者ノート:サボテンって不思議です。一年中殆ど変化が無い。それが夏のある日、突如ドーンと尺玉の花火みたいな花が咲いている。芋虫が蛹となり死んだように動かないところから突然美しい蝶が現れるのに似た驚きがあると思います。
仙人掌や涼しい顔で離れ業 猫凡
【椎落葉(しいおちば)】
常緑樹は暑くなってくると密かに葉を入れ替えます。【常盤木落葉(ときわぎおちば)】です。シイの類はその代表です。写真のきのこはイチハツモドキ。こうした菌類が落ち葉を分解して土に還す。その音も無き営みが全てを養っています。
椎落葉いつまでも地にまぎれ得ず 加倉井秋を
音も無く大地養ひ椎落葉 猫凡
【眼仁奈、目仁奈(めじな)】
東アジアに広く分布する磯魚で、磯の浮き釣りの花形。グレとも呼ばれ、冬が旬ですが、幼魚の時は港湾や河口で群れをなし、梅雨時から秋まで小物釣りの好対象となります。ブルーのアイシャドウを入れた色気ある魚で、季語にはなっていませんが、梅雨眼仁奈、寒グレなどとすれば良いでしょう。
梅雨めじな海の翠を映したか 猫凡
【水母・海月(くらげ)】
水中を漂いながら暮らす半透明の刺胞動物。英名はくしくもJellyfish。
乳いろの水母流るるああああと 吉田汀史
水母流れ海水(みず)また透ける昼下がり 猫凡
幻か水母見る間に遠く消え 猫凡
【驟雨(しゅうう)】
俄雨(にわか雨)とほぼ同義ですが、私にはより短時間で激しい降りのイメージがあります。【夕立】にも近い言葉ですが、驟雨は夕方に限りません。
驟雨中ききそれし言そのままに 橋本多佳子
頬伝ふ涙驟雨に紛れさせ 猫凡
【青葉】
若葉・新葉が見る間に伸びて緑も濃くなったさまで、主に落葉樹に使います。力強さ、爽やかさを感じさせる季語です。
骨切る日青の進行木々に満ち 加藤楸邨
青葉仰ぐ吾妹の白き背中愛(せなかな)し 猫凡
【茅花流し】
茅花(つばな)とはチガヤの穂のこと。茅花流しは、茅花の穂がほぐれるころ吹く南風のことで、梅雨の先触れとなる湿った風です。
茅花流し水満々と吉野川 松崎鉄之介
埋立地ユトリロに変え茅花流し 猫凡
※作者ノート:スワンさんのコメントにヒントを得て生まれた句。ありふれた街の風景を詩情溢れる絵に仕立てるモーリス・ユトリロ。壁の白さが特徴的です。我が下関市彦島の埋立地。工場跡の殺風景な更地をチガヤが埋め尽くし、白い世界を作り上げていました。
【夏】
陰陽五行説における火であり赤であり喜であるのが夏。陽の陽たる季節、エネルギーに満ちた季節。さりながら光濃い故に影もまた深し。
積雲も練習船も夏白き 橋本多佳子
一坪に生命溢れて夏眩し 猫凡
如何でしたか?季語シリーズは能う限り続けていくつもりです。次回もお楽しみに。
今回も夏の季語勉強させて頂きました。
紫小灰蝶のところ読ませて頂いて、ハタと困りました。
私も蝶を出そうとして『夏の蝶』あたりで誤魔化そうとしていましたが、そういう使い方はしないんでしょうかしら?
もう一度考えてみます。😂💦
シジミチョウ小灰蝶と書くのですね。
ぴったりの字ですね~!😉👍️
面白い句をたくさん載せてありますが私のお気に入りは、
乳いろの水母流るるああああと 吉田汀史
さぼてんにどうだと下る糸瓜哉 一茶
猫凡さんで、
どくだみや泥中泥に塗れざり
(どくだみの漢字が出せません😅💦)
蝸牛迷路の奥に生命あり
(写真もすごく素敵です!)
一坪に生命溢れて夏眩し
(私も実感します😌💓)
後ほど参加させて頂きますね~!🙌🎵