季語は四季折々の風情を愛でる日本文化の象徴です。季語に含められる動植物を中心に、写真付きの俳句歳時記風にまとめた「季語シリーズ」、今回は冬の第十一回です。猫凡という俳号で自作の句を入れています。
【水仙】
早春の野を明るく彩る球根植物。暖かい海岸の斜面に多く見られます。良い香りがしますが、全草有毒。
崎鼻に潮駈けのぼる野水仙 小川斗夢
水仙花灯台の石温かし 猫凡
【秋沙(あいさ)】
アイサは鴨の仲間で、体も嘴も細長く、潜水して魚を捕えるグループです。秋が去る頃やってくることから秋去、転じて秋沙となったようです。色彩や形の面白いものが多く、中でもウミアイサは雌雄ともにパンキッシュなヘアスタイルが魅力的です。
モヒカンの新参者や川秋沙 写真・俳句ブログ:犬の散歩道(https://ameblo.jp/yujyaku/)より転載
円き海真っ直潜り海秋沙 猫凡
【冬の海】
荒れて鉛色のことが多い冬の海ですが、凪の日には澄んで鏡のように照り輝くことも。
冬の海吐き出す顎の如きもの 高橋睦郎
冬の壁島をのぞみて三句
冬の海白く聳える海鵜岩 猫凡
小さき鵜の造りし巨巖白く佇つ 猫凡
冬波にグアノの巨巖たじろがず 猫凡
【帰り花】
春に咲くべき花が冬に咲くこと、すなわち狂咲。
帰り花空は風音もて応ふ 廣瀬直人
花帰る貴女帰らず夢にさえ 猫凡
【枯葉】
冬に枯れた葉で、枝に残っているもの、地面に落ちたもの、いずれも含みます。
枯葉散る枯葉に触るる音立てて 坂井建
空を見るのは枯葉の窓に限る 猫凡
【蟷螂枯る】
茶色いカマキリを草木と同様冬枯れと見立てた季語です。実際には褐色型の個体は最初から褐色なのですが、味わい深い言葉として残っています。
蟷螂の枯れゆく脚をねぶりをり 角川源義
枯れてなほ蟷螂猛し我弱し 猫凡
【落葉】
主に落葉樹が冬の葉を落とすこと、また落ちた葉。基本的には寂寥感、無常感を表す言葉です。
月一つ落葉の村に残りけり 若山牧水
寄る辺なき落葉抱きとめ苔温し 猫凡
【柿落葉】
柿が紅葉して地に散り敷いた葉。二枚として同じものがない、唯一無二の美しさ。
シヤガールのパレットにも似柿落葉 三矢らく子
一枚に決めかね楽し柿落葉 猫凡
【鴨】
馴染み深い水鳥。多くは寒くなると平野部の水辺に大挙してやってきます。かつては冬の貴重な蛋白源として盛んに捕獲されましたが、今は人が近づいても割とのんびりした鴨も多いようで。
隙間なく砂嘴埋めをり日向鴨 小路紫峽
鴨逃げずてんでに和む過疎の村 猫凡
【冬の鬱】
『冬は寒い。寒いと血の巡りが悪くなる。血の巡りが悪くなると肩こりや腰痛、偏頭痛に見舞われる。体全体の調子がどんよりと悪くなり、つらくなってくる‥考えがどんどん後ろ向きになり、いいことなんてひとつもないような気がする。しかも寒い。寒いと調子が悪い、調子が悪いと気分がダメ……肉体と精神の負のスパイラル。寒さこそ諸悪の根源である。春は「春愁」、秋は「秋思」というそれぞれ物思いにふける系の季語があるが、もっと深刻な冬の鬱々とした気分こそ俳句にすべきではあるまいか』。以上、「佐藤文香のネオ歳時記」から転載させて頂きました。
どら焼にバターを塗つて冬の鬱 佐藤文香
綿々と輾転反側冬の鬱 猫凡
【夜叉五倍子(やしゃぶし)の実】
ヤシャブシはハンノキの仲間の落葉樹で、松ぼっくりに似た実が冬に目立ちます。これを水に漬けるとタンニンなどが溶出し弱酸性となってアマゾンのブラックウォーターに近い水質が実現できる他、ダークグレーの染液にも使えます。
夜叉五倍子の実や屈託の顔さらし 酒井紀三子
やしゃぶしを二ヶ拾ひけり今日終わり 猫凡
【河豚】
強靭な四枚歯、水を飲んで球状に膨らむ、腹鰭がない、肉食性などの共通項を持つフグ科の総称。膨らむからフグ、となったようです。猛毒テトロドトキシンを有する種が多いのですが美味で、河豚は喰いたし命は惜しい。
どつちみち妻が長生きふぐ白子 西村浩風
河豚ボール突如窄みて泳ぎ去り 猫凡
【河豚鍋】
河豚刺しの残りのアラを豆腐や葱などと共に炊き、ポン酢に紅葉おろしでいただきます。熱燗をキュッとやりながら。ふぐちり、てっちりとも。因みにこの「てっ」は鉄砲のことです。どちらも当たると死にますから。「ちり」の方は魚の身が熱でちりちりっと縮む様子から来たようです。
ふくちりや九州の灯の連なりて 吉岡桂六
ふくは鍋てっさは喰うた甲斐が無し 猫凡
※自句自解:てっさつまりフグ刺しは薄造りで花のように綺麗、されど淡白に過ぎて喰うた気がしません。何切れもわさっと取って豪快に食せば違うのでしょうけれど、貧乏根性がそれを許さず。やはり庶民は鍋がよろしいようで。
【石蕗(つわぶき、つわ)の花】
キク科の常緑多年草。葉に艶のある蕗の意。暗い、寂しいイメージで捉えた句が圧倒的に多いのですが、花そのものは黄色で愛らしいと思います。
老いし今好きな花なり石蕗の咲く 沢木てい
石蕗の花人皆誰かの灯なれ 猫凡
【初時雨】
その年の冬、初めて降る通り雨。ついに冬到来という感慨。
釣りあげし鮠に水の香初しぐれ 飯田龍太
初時雨山海全て鉛色 猫凡
【時雨】
局地的にさっと降る冬の雨で、「過ぐる」が語源とも。定めなき世、人生の無常の象徴とされてきました。
しぐれけり走り入りけり晴れにけり 惟然
時雨vs我逃げ出さぬ我の勝 猫凡
【冬日和・冬晴】
寒い冬の穏やかな晴天。同じく冬の季語の「寒晴」にはより厳しく鋭い語感があります。
冬日和心にも翳なかりけり 星野立子
冬晴や白さも温し雲と薔薇 猫凡
【冬鴎】
チドリ目カモメ亜科の鳥の総称。 鴎、背黒鴎、海猫など秋渡来する冬鳥です。なぜか写真の「海猫」は本当は夏の季語。遠目には全部かもめとしか認識し難いので御容赦を。
なほ北へ行く船の白冬かもめ 赤塚五行
白くあることの難さよ冬鴎 猫凡
冬鴎でさらに。
骨になるまでの飛翔や冬かもめ 角川春樹
風よ吹け吹くほど高く冬鴎 猫凡
【冬の虹】
虹は夏の夕立後のイメージで夏の季語とされていますが、冬でも時雨の後などに見ることができます(時雨虹)。夏の虹よりもっと儚い印象です。
沖にたつ冬虹棒の足の午後 佐藤鬼房
現在此処に二人の上に時雨虹 猫凡
いかがでしたか。季語シリーズは能う限り続けてまいります。次回もお楽しみに。