季語は四季折々の風情を愛でる日本文化の象徴です。季語に含められる動植物を中心に、写真付きの俳句歳時記風にまとめた「季語シリーズ」、今回は冬の第九回です。猫凡という俳号で自作の句を入れています。
【冬の猫】
猫は年中猫ですが、冬の猫には冬らしい姿や風情があるもので。寒そうな姿は「かじけ猫」、こたつに入っていれば「炬燵猫」、暖房器具のそばにいれば「竈猫」「へっつい猫」「灰猫」です。
薄目あけ人嫌ひなり炬燵猫 松本たかし
冬の猫付かず離れずほの温し 猫凡
【枯野】
草の枯れ果てた野原。華やかなものこそ美しいという古の美意識から「侘び寂び」への転換を示す季語です。
枯野行く人や小さう見ゆるまで 千代女
枯原の表は死せど生命満つ 猫凡
【雪催(ゆきもよひ)】
今にも雪が降り出しそうな天気のこと。
雪催ひことこと妻の土鍋煮ゆ 岸本砂郷
医師敷地出で煙草吸ふ雪催 猫凡
【白腹】
頬白(ホオジロ)は春の季語なのに、シロハラは歳時記未収載。白いのが頬か腹かでこの違いは不当だ!とシロハラは言いませんが。冬に里にやって来て、落ち葉をカサコソひっくり返しては虫を漁っている姿は愛嬌があります。
白腹や大樹色づく椋の味 野鳥千里(野鳥と俳句)より転載(http://superbirder7588.blog24.fc2.com/)
白腹や真面目くさってポーズ取り 猫凡
【雪】
三大季語の一つ(他はもちろん月と花)。
箸とるときはたとひとりや雪ふり来る 橋本多佳子
雪そつと明滅しつつ刹那生く 猫凡
【ふくら雀】
羽毛の間に空気を溜め込んでまるく見える雀。あたたかさ、和やかさを感じさせる季語です。
ふくら雀丸々ふくれ飛ぶ気無し 井田実代子
ふくら雀いつにもまして狭き垣 猫凡
【短日】【暮早し】
秋分以降、次第に日没が早くなるのが実感されます。
短日や一駅で窓暗くなり 波多野惇子
と り
ひとけなき公園の風見鶏暮早し 猫凡
【雪の花】【六花(むつのはな・りっか)】
雪の結晶のこと。美しい六角形を基本としますが、どれ一つとして同じものはないそうです。
夕ぐれやなかぬからすに雪の花 支考
見えぬ手の取り出す雪華零れ落つ 猫凡
※自句自解:今年最強の寒波襲来、下関では珍しく雪が溶け残っている。薄っすら残った雪に目を凝らすと複雑な形の結晶が折り重なっている。虚空から次々とコインを取り出す手練れのマジシャンでもそこにいたような気がした。
【山鴫(やましぎ)】
【鴫】は秋の季語ですが、我が家の裏の薮と畑にやましぎが飛来するのは真冬です。山口県では準絶滅危惧種指定。つぶらな瞳に丸っこい体の愛らしいこの鳥で一句と思うのに、冬のイメージが強すぎて出来ません。そこで本歌取りを一つ。
泰平の眠りを覚ます山鴫さんたった一羽で冬も寝られずbyみみず。
※自歌自解:「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たつた四杯で夜も寝られず」黒船四隻襲来に慄いた江戸で大流行した狂歌。上喜撰とは高級宇治茶の銘柄で、蒸気船に掛けており、船を杯と数えることもあるので、実に上手い歌ですよね。作者は老中、間部詮勝と言われていますが、吉田松陰直筆の「アメリカがのませにきたる上喜撰たった四杯でよるも寝ラレズ」という歌が、萩市内の民家で発見されているそうなので、これが元ネタなのかもしれません。ヤマシギは脚で地面をドスドス踏んづけ、動揺して出てくるミミズなどを好んで食します。しかも夜エサを探すことが多いと言われていますから、地虫らにすれば、これが襲来すると落ち落ち寝てもいられないわけですね。
【草城忌】俳人日野草城の命日1月29日。凍鶴(いてづる)忌/銀(しろがね)忌とも。草城の俳句から冬の句を幾つか。
をとめ今たべし蜜柑の香をまとひ
初雪を見るや手を措く妻の肩
風邪の子の枕辺にゐてものがたり
冬の灯をはやばや点けてわがひとり
草城忌の朝に
雪溶けて血の色還る姫踊り子 猫凡
【冬の波】【寒濤(かんとう)】
寒風吹き荒び荒波打ち寄せる冬の海。凍てつくような波飛沫や轟音は厳しい冬を体感させてくれます。
冬の濤目つむり耐へる家ばかり 福田甲子雄
寒濤に向ひ白鷺たじろがず 猫凡
【冬眠】
多くの変温動物とごく少数の恒温動物が低温期に代謝を最低限にして死んだような状態で過ごすこと。
母は逝き亀は冬眠していたり 森田智子
再生を信じて暫し冬眠す 猫凡
【蝋梅】
クスノキ目、中国原産の落葉低木。真冬、葉を出す前に清々しい香りの黄花を付けます。種子はアルカロイドを含み有毒。
臘梅の花の黄人の心透く 後藤比奈夫
蝋梅の下に乱れし鳥の羽根 猫凡
📝自句自解:庭の蝋梅が一輪開いたその日、樹下に鳩のものらしき羽根が夥しく折り重なっていた。数日前に目撃した長元坊(チョウゲンボウ)か隼(ハヤブサ)の仕業と思われた。暖かな色、清しい香りの花の下の死。生と死、再生と循環の暗示か。
【帰り花】【忘れ花】【狂ひ花】
いわゆる狂い咲きで、初冬に季節外れの暖かさが続くと開く花。梅や桜にしばしば見られます。三つの言葉それぞれでニュアンスが違いますから、使い分けを考えるのが楽しい季語です。
薄日とは美しきもの帰り花 後藤夜半
枯れたかと思ひし桜忘れ花 猫凡
【水鳥】
水に浮かぶ鳥の総称で、鴨、かいつぶり(鳰:にお)、白鳥などが含まれます。浮いたまま眠る様が【浮寝】、憂き寝に通じるので切ない恋を想起させる言葉です。
水鳥のしづかに己が身を流す 柴田白葉女
水鳥や流るゝといへ流されず 猫凡
【枯葉】
草木の葉の枯れた様またその葉。色、質感、舞う様、踏みしめた時の音など、様々に詠める季語。
枯葉のため小鳥のために石の椅子 西東三鬼
枯葉より生まれ出づるやじょうご苔 猫凡
【冬の雷】
寒冷前線の通過に伴って鳴る雷。【寒雷】と表現すればより厳しい印象になります。
寒雷をひとつころがし海暁くる 阿部みどり女
南風泊出漁前夜冬の雷 猫凡
【節分】
本来は四季の変わり目で年4度あるのですが、現代では冬と春の変わり目を指すようになっています。やはり春の訪れは格別なのです。
節分と知つてや雀高飛んで 森澄雄
節分会声高らかに晴れやかに 猫凡
【寒夕焼】【冬茜】
単に夕焼けといえば夏の季語。同じ夕焼けでも冬のそれは夏の甘い感傷とは全く違う趣です。
寒夕焼終れりすべて終りしごと 細見綾子
冬茜今は黙して独り立ち 猫凡
【寒風】
西高東低の気圧配置による北西季節風ですが、【冬の風】と言わず「かんぷう」と言えば風の冷たさ、厳しさが一層際立ちます。
寒風のぶつかりあひて海に出づ 山口誓子
天地皆支配す汝の名ぞ寒風 猫凡
いかがでしたか?「季語シリーズ」は能う限り続けてまいります。次回もどうぞお楽しみに。
時期はずれのお花。「帰り花」の言い方が自分的にはとても好きです❤️