季語は四季折々の風情を愛でる日本文化の象徴です。季語に含められる動植物を中心に、写真付きの俳句歳時記風にまとめた「季語シリーズ」、今回は夏の第十三回です。猫凡という俳号で自作句を入れています。
【五月】
生命煌く瑞々しい季節。「聖五月」という季語があるのも頷けます。
壱岐あをし海の中まで五月風 岸原清行
木漏れ日にテロメア伸びて聖五月 猫凡
【踊子草】
シソ科の多年草で、かつては至る所で見られたのでしょうが、今や外来の姫踊子草が圧倒的に版図を拡大してしまいました。花を笠をかぶって踊る人のように見てのネーミングです。
踊子草おけさの島は人減ると 上田五千石
姫でない踊子見つけ小躍りす 猫凡
【灸花(やいとばな)】
嫌われ者ヘクソカズラの花の別名。中心部がお灸を据えたように赤いことから。
表札にへくそかづらの来て咲ける 飴山實
モリス氏に見せたや一面灸花 猫凡
※自解:職場の植栽で一面群れ咲くヘクソカズラを発見。テヅルモヅルか迷宮か、埋もれるようにして眺めていると、ウィリアム・モリス氏の名作「いちごどろぼう」のツグミにでもなったような夢心地になりました。
灸花でもう一句。こんなに愛らしい花を咲かせるのに蛇蝎の如く疎まれ、切られ、ちぎられ、引き抜かれる。それでもこうして生きている。
灸花かくも可憐に引き抜かれ 猫凡
【夏の蜂】
スズメバチやアシナガバチのような社会性を持つ蜂は、初夏、女王が単独で巣を作り子育てして大家族を作り上げてゆきます。巣が大きくなり、家族が増えるにつれて攻撃性も増していく。守るべきものがあると強くなれる、という真理がここにもあります。
ぞうぞうと晩夏さすらうスズメ蜂 上原勝子
夏の蜂風届かねど背寒し 猫凡
※自句自解:夏の野外、ブーンと翅唸りがすると、風は感じなくとも恐れを感じますよね。
【千日草】
ヒユ科のセンニチコウ(千日紅)の別名。花期が長いことから千日が付されています。
紅に倦むことなき淡さ千日草 稲畑汀子
誰一人世話するとなく千日草 猫凡
【猿滑、百日紅(さるすべり)】
ミソハギ科の落葉樹。幹肌がすべすべで猿も滑りそうということから猿滑、暑さをものともせず夏中咲き続けることから百日紅です。
道路鏡の中の百日百日紅 阿部正調
さるすべり猫逝きし日の如く咲き 猫凡
【桑の実】
カイコの食草としてかつては盛んに栽培された落葉樹、クワ。その実は赤く、熟すにつれて黒変する。甘さと酸っぱさ、いずれも淡いのが好ましい。
古桑の実のこぼれたる山路かな 飯田蛇笏
植物に桑実胚は無いらしい 猫凡
※自句自解:受精卵1個が2個、2個が4個、4個が‥16個〜32個となると桑の実に似た外観を呈するので桑実胚と言います。ただしこれは動物細胞の話だそうで。実を付けているクワ自体は桑実胚を経ていないのか、何だか拍子抜け、という気持ちを述べただけの、句とも言えないツブヤキです。
【雹(ひょう、ひさめ)】
積乱雲から降る直径5mm以上の氷の粒。 5mmに満たないものは霰(あられ)で、冬の季語です。記録が残っている中で世界最大の雹は、1917年6月29日に埼玉県熊谷市に降ったカボチャ大の雹で、直径七寸八分(29.6 cm)、重さ九百匁(3.4 kg)という巨大なものです。
四百の牛掻き消して雹が降る 太田土男
雹我を打ちぬ我が罪呼び起こし 猫凡
【谷空木・谷卯木(たにうつぎ)】
日本特産のウツギで、鮮やかな花色から紅空木、開花時期から田植え花とも呼ばれます。
谷卯木棚田に迫る山の影 平沢うめの
早乙女の裳裾並びて谷卯木 猫凡
【パパイヤ】【パパヤ】
パパイヤはパパイア科の常緑小高木でメキシコ原産。沖縄ではまだ青い未熟果を収穫し、野菜として炒め物などでよく食されます。パパインというタンパク質分解酵素が含まれているため、肉料理に用いると肉が柔らかくなります。
嫁ぐ日の青きパパイヤ空に鳴る 岸本マチ子
草臥し胃にパパイヤの淡さ沁む 猫凡
【サルビア】
「サルビア」は夏の季語。真っ赤なサルビアならいかにもと頷けますが、「サルビア・ガラニチカ」すなわち「メドウセージ」は?困ります‥
淋しくて燃ゆるサルビアかも知れず 山田弘子
あの夏の海の青さよメドウセージ 猫凡
【浜木綿(はまゆう)】
ヒガンバナの仲間で、温暖な海浜を代表する常緑多年草です。下関市の花でもあり、吉母や角島などで見事な群落を見ることができます。
浜木綿や海女の濡身をかくさむと 小島千架子
排ガスを浴びて浜木綿なほ白し 猫凡
【蒲の穂(がまのほ)】
ガマは水辺の多年草で、アシ原と並ぶ日本の水辺の原風景を形作ります。夏の終わりにソーセージに似た花穂を付けます。蒲鉾(かまぼこ)の語源といわれています。
蒲の穂の御用提灯勢揃ひ 鷹羽狩行
蒲の穂やアメリカンドッグ買ひて喰ふ 猫凡
【俄雨(にわかあめ)】
さっと降りさっと止む雨。驟雨(しゅうう)とも。
妻も濡る青き蕃茄の俄雨 山口誓子
にわか雨人は萎れて草蘇り 猫凡
【桐の花】
花札でお馴染みの花。上品な紫で、煙ったように柔らかい印象です。すぐに萎れて落ちてしまうので、なおさら貴重に思えます。
桐咲くやあつと言ふ間の晩年なり 田川飛旅子
花桐落ついづれ舞ひ飛ぶ種子残し 猫凡
【愛蛇(かなへび)】
全身褐色で尾が長いスリムなトカゲで日本固有種。語源不明ですが、「可愛いらしい蛇」の意で「愛蛇」という説があります。
穴出でし愛蛇遊ぶ間合い哉 MAICOの「あらかると」より転載(https://blog.goo.ne.jp/maicogoobrg)
太陽光チャージ完了愛蛇走る 猫凡
【柿の花】
最も身近な植物でありながら、その花を知る人は非常に少ないのが柿でしょう。初夏、輝く若葉の陰に薄い黄緑色の小さな花を付けます。ぜひ見てほしい愛らしい花です。
木の下に柿の花ちる夕かな 蕪村
柿の花知らぬ人生味気無し 猫凡
【罌粟の花(けしのはな)】
多数あるケシ科の花の総称で、総じて色鮮やか。風に揺れる様は大変可憐。一部のものは麻薬の原料となるため栽培が禁じられています。写真はお馴染みの外来種、ナガミヒナゲシ。
およそ吹きひろがるばかり罌粟の花 後藤夜半
花びらの隙間好もし長実雛罌粟 猫凡
【青竹】
初夏、地上に出た筍は、茶色の皮を脱いで新しい竹となり、ぐんぐん伸びて瑞々しい若葉を広げます。【若竹】とも。
青竹に空ゆすらるる大暑かな 飴山實
青竹や降る雨余さず丈となし 猫凡
如何でしたか?季語シリーズは能う限り続けてゆくつもりです。次回もどうぞお楽しみに。