季語は四季折々の風情を愛でる日本文化の象徴です。季語に含められる動植物を中心に、写真付きの俳句歳時記風にまとめた「季語シリーズ」、今回は冬の第五弾です。今回も俳号 猫凡で自作の句を入れています。
【銀杏落葉】
同じ落葉でも銀杏には幾らか特別感があります。銘菓ひよこのような形、鮮やかな色、びっしり敷き詰められた時の見事さ。
花の如く銀杏落葉を集め持ち 波多野爽波
誰がために銀杏落葉の暖かく 猫凡
※作者ノート:大歳神社のすぐ下の路地裏、すっかり荒れ果てた廃屋の前に御神木からの落ち葉が散り敷かれてある。かつては住人が時に冬の到来を感じ、時に舌打ちしながら掃除したのであろう。人が去った後も自然の営みは何ら変わることはない。
【蜜柑】
炬燵にもぐって蜜柑を食す、冬のささやかな幸せです。
みかん黄にふと人生はあたたかし 高田風人子
【霙(みぞれ)】
雨と雪が入り混じったもので、雪よりもかえって冷たく無残な印象です。
「風に 風にョ 暖簾巻く風にョ 遠い故郷のョ 父親を想う
ふらり ふらりと 居酒屋を出れば 冬の近さが 心に吹くよ
ヤーレン ソーランヨ 雨から みぞれ
ヤーレン ソーランヨ 今夜も酒を」ー 吉幾三「酔歌」
ぬれ雪と津軽人云ふ霙降る 佐藤一村
【冬木】
冬の木々で、常緑樹でも良いのですが、語感としてはやはり落葉樹でしょう。
わが屋前の 冬木の上に降る雪は 梅の花かとうち見つるかも 巨勢宿奈麻呂(こせのすくなまろ) ➖万葉集
冬の木の血潮秘めたる閑けさよ 猫凡
【雪催(ゆきもよひ)】
冷え込んで雲が垂れ込め、今にも雪となりそうな空模様。
鳩であることもたいへん雪催 須原和男
【忍冬の実】
スイカズラ、ニンドウ(忍冬)の花は夏の季語、実は歳時記未収載ですが、初冬に艶のある青黒色の実をひっそりとつけるので、冬の季語で良いでしょう。
冬忍ぶ色も見せずに忍冬の実 猫凡
【鶚(みさご)】
魚専門の猛禽で、英名はかのオスプレイ。上空からまっしぐらに降下してボラやスズキを狩るゆえに、あの醜い垂直離着陸機の名称とされたのです。こちらは気高く美しい名鳥。
波こえぬ契ありてやみさごの巣 曽良
【帰り花】
小春日のころに返り咲く花で、いわゆる狂い咲きです。
帰り花鶴折るうちに折り殺す 赤尾兜子
※ねこ流解釈:帰り花即ち狂い咲き、と、鶴を折る。どう繋がる?この鶴は千羽鶴なのでしょう。平和や病気治癒を祈る気持ちで折る例のアレです。作者は自発的にではなく頼まれて折っていると解します。失敗してみょうな鶴が出来てしまった。いわば折り殺したわけでしょうね。柄にもなく千羽鶴なんか折ろうとするからこうなっちゃったんだわ、という呟きが聞こえてきそう。つまり、そぐわない、という感覚で帰り花と折り鶴が結びついているのでしょう。
帰り花よるべなき身の思うまま 猫凡
【雪】
月、花と並び称される日本の美。
酒のめばいとゞ寝られぬ夜の雪 芭蕉
雪よ降れ冷たき顔の優しさで 猫凡
【シクラメン】
地中海地方原産のサクラソウ科球根植物。布施明のあの大ヒット曲で冬の定番となった感があります。またの名を【篝火草】。
私にとっては鬼門、すぐに枯らしてしまいます。
シクラメン手のほどこしやうもなく萎れ 高澤良一
【年越】
大晦日の夜、眠らずに新しい年を迎えることで、除夜の鐘を聞きながら年越そばを食べる慣わしがありますね。
年越蕎麦待てばしきりに救急車 水原秋桜子
辛きこと忘れるための年越蕎麦 猫凡
【元日】
一月一日、年の始めの日。門松や鏡餅を飾り、屠蘇を酌み、雑煮を食べる風習です。ちなみに【元旦】は元日の朝のこと。
元日や手を洗ひをる夕ごころ 芥川龍之介
元日や冷たき水もて洗顔す 猫凡
※作者ノート:芥川龍之介の作品は名句の誉れ高い。正月もなんということなくもう夕暮れか、という物憂げな心持ち、メランコリーであろう。元日という晴れやかさ、清新の気の裏を突くやり方だと思う。私の今年はそういう気分ではない。安易にながれ、無為に時を過ごす一年にはしたくないのだ。
【初雀】
「初」が付くと何でもめでたく、ありがたく感じられる、言葉の面白さですね。
初雀みるみるふえてさくらの木 園田夢蒼花
昨日よりなお愛らしき?初雀 猫凡
【冬鴎(ふゆかもめ)】
鴎の類いの純白は冬の冷たい海にこそ似つかわしく感じられます。羽ばたきの少ない滑空型の飛翔も寒空に相応しい。
釣具屋を畳むにぎわい冬鴎 五味靖
※ねこ流解釈:海から遠くない釣具屋の廃業。店主には胸に迫るものがあるに違いないのに、カモメの群れがギャアギャアと賑やかです。それが尚更胸中の寂しさを浮かび上がらせる。巧い句です。
紺碧の広大無辺よ冬鴎 猫凡
【冬芽】
成長は実は冬にこそある。冬芽の膨らみはそんな大切なことを教えてくれます。
冬木の芽水にひかりの戻りけり 角川照子
絶望は愚者の選択冬木の芽 猫凡
【寒雀】
冬の雀を表す言葉はいろいろあります。ふくら雀ならあたたかさや愛らしさ、凍雀なら厳しい寒さが想起されるでしょう。寒雀という言葉は本来は冬に食味の良くなった雀を指していましたが、現代ではそういうニュアンスは失われています。言葉も世につれ。
わが天使なるやも知れぬ小雀を撃ちて硝煙嗅ぎつつ帰る 寺山修司
わが天使なりやをののく寒雀 西東三鬼
【冬枯】
冬、草木が枯れ果てた景色。
この枯れに胸の火放ちなば燃えむ 稲垣きくの
※ねこ流蛇足:いいですねぇ!恋の炎か、それとも何かを成さんとする志か、胸に激しく燃えるものあり。厳冬、一切のものが枯れ果て、墨絵の如くなっている野にこの火を放てば赤々と燃え上がるだろう。気魄に満ち、色彩のイメージも豊かな、真っ直ぐな句です。
【鼬(いたち)】
敏捷にして獰猛、顔に似合わず猛烈な性質。里山の住人ですが、最近は数を減らしているようです。とりわけニホンイタチは希少。
泣いてると鼬の王が来るからね 川上弘美
出会い頭一歩も退かぬ鼬哉 猫凡
【寒鴉】
年中身近なこの鳥も厳冬には「寒」を冠されバージョンアップします。荒涼とした感じ、寂寥感、哀れ、さまざまな感情をかき立てる奥深い季語だと思います。
人ゐれば人の顔して寒鴉 浅利恵子
人知れず斃れるなかれ寒鴉 猫凡
【冬日】
冬の陽光、そう言ってしまえばそれまでながら、この言葉は様々なニュアンスを持っています。弱さ、貴さ、希望、哀しみ‥
野山獄址寒しひと筋冬日射し 岡部六弥太
※ねこ流解釈: 野山獄址(のやまごくし)とは我が山口県は萩市にある牢獄の跡です。かの吉田松陰が海外に密航を企て失敗、収監されたことで知られています。高杉晋作や楫取素彦ら多くの志士も入牢しました。
『正保2年(1645)9月17日、酒に酔った大組藩士禄高200石・岩倉孫兵衛が、道ひとつ隔てた西隣りの同じく大組藩士禄高200石・野山六右衛門の屋敷に斬り込み、家族を殺傷するという事件が起こった。藩は野山宅に岩倉を幽閉し、後に斬首の刑に処したが、喧嘩両成敗ということで両家は取り潰し、屋敷は没収された。後に藩は両家跡を牢獄とし、切り込んだ岩倉に非があるので、士分の者を収容する上牢を野山獄、庶民を収容する下牢を岩倉獄とした。』ー 萩市観光協会公式サイトより転載
松陰らが国を憂え、あるべき国の姿を求めて奮闘したことを踏まえての句に違いありません。弱々しい冬日が照らす獄址、希望に向かって邁進し、若い命を散らした志士たち、その過程で多くの無辜の命も失われた。悠久の歴史の前で一己の人間がいかに微小か、「寒し」‥。
二人して刹那の冬日声もなく 猫凡
いかがでしたか?《季語シリーズ》は能う限り続けていく所存です。次回もどうぞお楽しみに。
寒くて文句ばっかり言ってたけど 冬もいいなぁ☺️
と思えてきました😆