季語は四季折々の風情を愛でる日本文化の象徴です。季語に含められる動植物を中心に、写真付きの俳句歳時記風にまとめた「季語シリーズ」、今回は秋の第十五回です。猫凡という俳号で自作の句を入れています。
【薤(らっきょう)の花】
ヒガンバナ科ネギ属の多年草で、ヤマラッキョウは北海道を除く山地の草原に自生します。糸のような葉に糸のような花柄、その先の薄紫の花はなんとも可憐。
海を見に花らつきようの畑を抜け 竹川せつ子
くちづけて頬染めし君らつきようの花 猫凡
【羊歯黄葉(しだもみじ)】
手持ちの歳時記には未収載ですが、黄葉には違いないので秋かなと思います。
わが庭の端気うれしや羊歯黄葉 沢木欣一
恐竜の闊歩す星の羊歯黄葉 猫凡
【藪蘭(やぶらん)】
ユリ科ヤブラン属の多年草。山地の樹陰などに自生。晩夏から初秋に花茎を出し、淡い桃色ないし紫色の小さな花を咲かせます。
門までの藪蘭につぶやいてゐる 折井紀衣
藪蘭を解さぬ人よいざさらば 猫凡
【オクラ】
アフリカ原産の野菜で、漢字表記は秋葵。オクラといえば粘り、その正体は水溶性食物繊維ペクチンと植物性糖タンパク質ムチレージ。ペクチンは血糖値の上昇を抑制したり、便通をよくし、ムチレージは脂肪や悪玉コレステロールの吸収を減らす効果があるといわれます。その他の栄養も豊富で、生活習慣病予防、夏バテ対策にうってつけ。
よき妻になれた気がするオクラ食う 林田麻裕
大人とはおくら食ひて唸る人 猫凡
【稗】
イネ科の強壮な一年草。調理が面倒で味も良くないのですが、痩せた土地でも収穫できる貴重な救荒作物です。写真は水田から突き出したタイヌビエ。食用にはならず、稗取という余分な手作業を農家に強いる厄介者です。
胸乳まで穂先で濡らす稗取女 山崎羅春
追えば尾を振り逃げ回る田犬稗 猫凡
【ばった】
バッタ科の総称ですが、イナゴでなくバッタと言う時は主にショウリョウバッタやオンブバッタを指すようで、飛翔する時の音からはたはた、ちきちき、ともいわれます。
はたはたはわぎもが肩を越えゆけり 山口誓子
一歩毎ちきちき四方八方へ 猫凡
【秋天】
「秋の空」と同じく、晴れ渡る澄んだ秋空です。
秋天にわれがぐん ゝ ぐん ゝ と 高浜虚子
秋天の瑠璃あればこそ花水木 猫凡
【芒・薄(すすき)】
七草の一つで、日本の秋の象徴ともいうべき植物。「いい日旅立ち」に出てくる、「青い芒の小道を帰る」釣り少年は昔の私そのものです。
すすきのひかりさえぎるものなし 種田山頭火
行く雲に靡けど芒留まりぬ 猫凡
【鶏頭】
ヒユ科の一年草で、学名のCelosia は「燃焼」の意。西洋では炎、東洋ではトサカ、物の見方も様々です。花言葉は「気取り屋」「個性」「風変わり」「おしゃれ」。
ヒト科ヒトふと鶏頭の脇に立つ 摂津幸彦
星月夜鶏頭の群れ駆け回り 猫凡
【紅葉】
落葉広葉樹が葉を落とす前に色づくこと。光合成に不向きな冬が近づくと、クロロフィル(緑)が分解され、カロテノイド(黄)の色が見えてきますが、いずれカロテノイドも分解されます。これらがないと紫外線で葉がいっぺんにダメになりますから、代わりにアントシアン(赤)が合成されます。これら3つの色素の微妙な消長で複雑な色合いが生み出されるのです。落葉までのほんの短い間でさえ一切の無駄を許さぬ生命のメカニズムなのでしょう。
紅葉せり何もなき地の一樹にて 平畑静塔
紅葉一葉諍ひて存り時のまに 猫凡
【落蝉】
蝉の成虫が力尽きて地面に落ちている様子。蝉は幼虫時代、土中で木の根にしがみ付き、吸汁しながら数年を過ごした後、這い出て成虫となります。その後は専ら繁殖に努め、一月足らずで命尽きるのです。
落蝉を拾へばこゑをあげにけり 白井 爽風
落蝉と分ち難きや蟻も吾も 猫凡
【楡黄葉(にれもみじ)】
小さな葉が明るい黄色に色づくニレの木の黄葉は、冷たく澄んだ空気の中で暖かく輝きます。
秋楡のもみづる日比谷公会堂 高澤良一
楡黄葉くまりすねずみ皆生きよ 猫凡
【葛の花】
マメ科の強健な多年草。秋の七草の一つとして愛でられ、根茎は葛湯や葛根湯として重用されてきましたが、今や厄介な雑草扱い。至る所で見かける花にも気付かず通り過ぎる人が大半です。
青空のどこ涯とせむ葛の花 三森鉄治
夢未だ叶わぬが佳し葛の花 猫凡
※自句自解:天に向かって咲上るのだけれど、下の方から枯れて行く葛。どんなに頑張ってももちろん天には届かない。それでも人は夢を見るし、それを実現しようと努力する、その道程こそ尊い気がして。
葛の花でもう一句。
アスファルト紫に染め葛の花 猫凡
【楝(あふち)の実】
落葉高木センダンの果実。さくらんぼのように垂れ下がる実は、最初黄色く艶がありますが、後に茶色く皺々になります。金鈴子(きんれいし)とも。
栴檀の実の風まかせ鳥まかせ 内藤順子
楝の実友は一人あればよし 猫凡
【思草】
ハマウツボ科の寄生植物ナンバンギセルの別名。俯いて物思いに耽っているという見立て。葉緑素を持たず光合成ができないため、イネ科などの根に寄生して栄養をいただき、秋に風情ある花を咲かせます。
陽も風もとどかぬところ思ひ草 城間信子
あなたなき世で存えず思ひ草 猫凡
【秋夕焼】
釣瓶落としと言われる秋の日暮。夕焼は短く、もの寂しさが滲みます。
みづうみに夫と水切り秋夕焼 花田由子
観覧車秋夕焼に淡く溶け 猫凡
【秋の夜】
秋夕焼、秋の宵、秋の夜と時が進んで行きます。「春の夜がある種の官能性を感じさせるとすれば、秋の夜は知的な精神性をまとっている」(角川俳句大歳時記)。
秋の夜ことりと置きしルームキー 高山きく代
観覧車秋の夜空に音もなく 猫凡
【名月】
旧暦八月十五日の月。満月になるとは限りませんが、最も風情ある月とされています。
十五夜の雲のあそびてかぎりなし 後藤夜半
火の山ロープウェイ観月運行にて
名月は迅き潮に映し観る 猫凡
名月でもう一句。
名月や光持たざる故に照り 猫凡
いかがでしたか。季語シリーズは能うかぎり続けてゆきます。次回もどうぞお楽しみに。
見方によっては、解釈が、変わりますね😳
山栗を幼な手に持ちそっと出す