これは、山里で育った瑠璃の数奇な人生の物語です。先に投稿した、瑠璃の秋の物語の続きをとリクエストをいただいて💖続編に挑戦しました。greensnapに投稿した記事をみどりのまとめにしました。長編なので、前編と後編に分けてます。
最後まで読んでいただけたら嬉しいです🤗。
【瑠璃の冬の物語】
~プロローグ~
愛しい子よ
小枝のような
頼りないお前の指
強く握れば壊れそうな
お前の指なのに
私の指をつかむ力の
なんと力強い
生きる
生きる
生きる強い意志が
お前の指からほとばしる
あぁ
私を求める小さな力の
こんなにも切なく愛しい
水に落ちた紅葉を
そっとすくう
手のひらに揺れる
鮮やかな赤
いのちは総てに満ちて
終わることなくめぐっていく
再び水に放つ紅葉
少しの間水面を楽しんで
ゆっくりと沈んでいく
今日という一日の
きらめきの贈り物を力に
挑んでいこう
愛という命を燃やして
🍁瑠璃の冬の物語 プロローグ🍁
写真はパワースポットで有名な
明治神宮 清正の井戸です❤️
これは瑠璃の秋の物語の続きです。
前作は一日で書いてしまったので、ちょっと雑になり反省しました。今回は心を込めて書きました。長編になりますが、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
【瑠璃の冬の物語】その1
結婚して若者と暮らす日々は、穏やかで幸せな毎日だった。
夫の名前は弥彦と言った。
弥彦は早くに父と母を亡くしていたので、瑠璃の父を本当の父のように慕い大切に尽くしてくれた。そして、めぐった春に、二人は可愛い男の子を授かった。
『なんとも可愛い子だのう。眼は父親に似て凛々しいこと。口元はお前に似て優しいのう。この子は、優しくて賢い子に育つじゃろうて』
二人が野良で働くあいだ、瑠璃の父が赤ん坊の世話をしてくれた。
二人の子は、太一と名づけられ、みんなに大切に護られ愛されて、すくすくと育っていった
。そして、働き者の弥彦と瑠璃は一層家業に精をだし、家業はますます栄えていった。
すくすくと元気に育った太一は3歳になり、野良で働く両親についていっては、野山で泥だらけになって遊び、昼時になるとかけて戻ってくるのだった。
「父さん!母さん!ほらみて、今日もすごいものを見つけたよ!」
その手に木の実や蟹や昆虫などを握って、得意顔に見せに来る息子の姿を、微笑ましく見つめ、手を休めて野良に腰を下ろし、3人で弁当を広げる一時。瑠璃にとって想像もしなかった幸せな毎日だった。
そんな、ある日のこと、太一が二人の前から、突然姿を消した。
その日もよく晴れて、両親と野良に出た太一は遊びに飛び出していった。
やがて昼になってもいつものように太一が戻らず、二人はまもなく腹をすかせて帰るだろうと、一時帰りを待った。しかし、待てども太一は戻らず、二人慌てて辺りを探した。懸命に探しても、誰に聞いても、隠されてしまったように、突然太一の姿は見えなくなってしまったのだった。
やがて夜になり、松明を灯し、村人にも協力を頼んで、寝ずに探したが見つからなかった。
次の日からは、瑠璃と弥彦の二人で来る日も来る日も太一を探した。尾根を登り、谷底に降りて、必死で探したが、来ていた着物の切れはしすらも見つからなかった。そんな様子を見て、村の人たちは、神隠しにあったと噂するのだった。
瑠璃はあまりの悲しみに泣き暮らし、痩せ細っていった。
続く
【瑠璃の冬の物語】
瑠璃の出生の秘密も明らかになっていきます。どんな時もくじけないで立ち向かっていく瑠璃を応援してくださいね💖
前作のあらすじは、
【瑠璃の秋の物語】~sora
みどりのまとめを見てくださいね😊
【瑠璃の冬の物語】その2
茶色や灰色にくすんでいた山々の色が、白みがかった柔らかな緑色に変わる頃、火が消えたようだった瑠璃の家族に、また新しい命を授かった。二人めの子は瑠璃にたいそう似た男の子だった。
『これはまた、赤子のときのお前を見るようじゃ』
父さんは目を細めて嬉しそうにそういった。
色白の肌に、大きな瞳、美しい顔をしたその子は、元気に強い子に育つように願いを込めて『健(たける)』と名付けられた。
健は泣くこともなく、乳を吸ってはニコニコ笑い、手のかからない子だった。長男に注げなかった愛情を惜しみもなく受けて、健はすくすくと育っていった。
けれども、その夏はひどい日照りが訪れた。
作物は枯れ、山の木々もカラカラに乾いて葉を落としていった。村では体が弱ったものから、次々に餓えて死んでいった。人々は草や木の根を食べて飢えをしのいでいたが、やがて川の水すら枯れて干上がって、木の皮をはがして食べるような有り様だった。
瑠璃の家には食べ物があることを知っている村人は、列をなして、食べ物を分けてくれと、毎日のように押し寄せた。
人のいい瑠璃たちは、子どもが死にそうと聞けば気の毒に思い、次々に米、麦、味噌と分けてるうちに、やがて自分たちが食べるものさえ底をつきた。
そして、草を集め、食べられる木の芽を見つけては飢えをしのいでいたが、やがて瑠璃の乳が出なくなってしまった。
それまで、すくすくと育ちニコニコと笑っていた赤ん坊だったが、空腹を訴えて泣くようになっていた。
そして、始めは元気に泣いていた子が、やがて痩せ細り弱々しく泣くしかなくなったとき、弥彦が重い口を開いた。
「実はずっと迷っていたんだが、、」
続く
🍂写真は宿り木
【瑠璃の冬の物語】その3
弥彦が重い口を開いた。
「この子がこのまま乳を飲めなければ、死んでしまうだろう。私の弟の権蔵のところにも、同じくらいに子供を授かった。嫁の梅さんは体格も良くて、乳の出も良いと聞いた。
今時分、自分の子を育てるだけでも精一杯だと言われるかも知れないが、頼ってみてはどうだろう」
「でも、村人がお金を積んで食べ物を分けてくれと頼んでも、追い払ってしまうと聞きました。とても、黙ってお乳を分けてくれるとは思えないわ。」
家にはもう、金目のものはなにもなく、二人は再び黙りこんでしまった。
その時、瑠璃の父さまが仏壇の奥から、丁寧に布にくるんだものを持ってきた。
「これは我が家の家宝。代々続く我が家の守りの観音様じゃ。小さいが金でできている。命には変えられぬ、これを持って頼んでおいで」
父さまが持ってきたのは、家を離れるときにそれに気づいた母様が、守りにとそっと持たせてくれた大切な観音様だった。朝夕に父が祈りを捧げ話しかけているのを、瑠璃は幼い頃から見てきた、父様にとっては大切な大切な観音様なのだ。
「父さま、それは父さまが大切にしている家宝の観音様。とてもそんな大切なものは。。」
「守りの神仏像であれ、金銀財宝であれ、命より尊いものはないんじゃよ。お前たちがそう考えて、たくさんの村人に施して、今は自分達の命すら危うくなっておる。神様は、どこにいなさらろうときっと見ていて守ってくだろう。母さまとて、きっと同じことを言うだろう。さぁ、ぐずぐずせずに行っておいで」
弥彦や父に背中を押されて、瑠璃は赤ん坊を背負うと、家宝の観音様を懐に権蔵の家へと向かっていった。
背中では泣きつかれた赤ん坊が、すやすやと眠っていた。
空には明るく月が出て、瑠璃を励ますように夜道を照らした。
「お月様、お梅さんとて大変なところ。だけど、何としてもこの子の命を助けたい。どうぞ、お乳をもらえますように。」
🍂続く
【瑠璃の冬の物語】その4
権蔵の家についた瑠璃は、何とか赤ん坊に乳を分けてもらえないかと、一生懸命頼んだ。
けれども、瑠璃の抱く赤ん坊をちらっと見るなり、梅は背中を向けた。
『こっちも自分の子どもに乳をやるだけで精一杯なのに、何であんたの子にまで乳をやらなきゃならないの。とっととお帰り』
権蔵はいろりにあたりながら、知らん顔で、にやにやと二人のやり取りを楽しんでる風だった。
『本当にその通りです。ただでお願いしようなど、思ってません。』
瑠璃は懐から観音様を取りだして、包みを開きながら必死に頼んだ。『これは代々伝わるうちの家宝の観音様です。これがお礼の品です。どうぞお乳を分けてください』
梅は、金の観音様の像を見るなり、瑠璃の手から奪い取るようにして手にとると『なんだい、それならそうと早く言えばいいものを。そりゃあ、私も鬼じゃないからね。少しぐらいなら、分けてやらんでもないよ』
その時、ふたりのやり取りを聞いていた権蔵が、ここぞとばかり口を開いた。
『おい待て!それだけで、乳をもらえると思ってもらっては困るな。こいつがあんたの赤ん坊に乳を飲ませてる間、お前は俺に抱かれるんだ。それが嫌なら、諦めて帰りな』
突然の権蔵の言葉に、瑠璃も梅も、驚いて権蔵の顔を見た。
権蔵は、前々から色白で姿の美しい瑠璃を何とかして手に入れたいと願っていた。子供の命を救うために、家宝まで手放そうと必死な瑠璃を見て、一か八か賭けよ、と企みを口にしたのだ。
瑠璃は唇を噛み締めて、震えていたがやがて、絞り出すようにかすれる声で言った。
『わかりました。よろしくお願いします』
いつも、瑠璃を苦々しく思っていた梅は、『あっはっはっは。ほんとかい。落ちぶれたもんだね、瑠璃さん』と高笑いして、瑠璃の抱いていた子を引ったくるようにして連れていった。
梅が去った部屋で、瑠璃は獣のように権蔵に抱かれたのだった。
やがて、梅が子供を連れて部屋に戻り、子供を受けとると、瑠璃はかすれる声で、『有り難うございました』と、お辞儀をすると、胸元をあわせてかけるように外に飛び出した。
🍂続く
【瑠璃の冬の物語】その5
子供を背負って夜道を歩く、瑠璃の頬を涙が止めどなく流れてくる。赤ん坊はなんにも知らず、背中でお乳をもらって、すやすやと気持ち良さそうに寝息をたてていた。
風の冷たい12月だったが、瑠璃は川縁に降りると着物を脱ぎ、脱いだ着物に赤ん坊をくるみ、所々氷がはって手の切れるような川の水で体を洗うのだった。
瑠璃がすっかり冷えた体をさすりながら家に帰ると、心配した弥彦と瑠璃の父さまが寝ずに待っていた。
『どうだ、無事に乳はもらえることになったか』父さまが言った。
抱いていた赤ん坊を受けとると、弥彦が言った。
『すやすや気持ちよさげに寝ているなぁ。良かったなぁ、梅さんに乳を貰えたんだね。ご苦労様だったね。』そう言って瑠璃に笑顔を向けた。
青ざめた顔をしていた瑠璃は、やむなく家宝の観音様を渡したことを話した。そして、しばらく躊躇ったあと、権蔵に抱かれたことを話した。
『なんてやつだ!鬼のような所業を!!』
父さまは握りこぶしをわなわなと震わせながら言った。
弥彦の顔からは笑いが消え、一言も語らずにふいと立ち上がるとそのまま布団に入ってしまった。
家の戸をガタガタと鳴らして風が吹いていく。遠くでピューピューと風が唸る。
3人はそれぞれの胸のうちに、込み上げる思いで眠れずに風の音を聞きながら一夜を過ごしたのだった。
🍂続く
【瑠璃の冬の物語】その6
手の切れるような冷たい川の水で、洗濯をしながら、瑠璃は幼い頃父から聞いた言葉を思い出す。
「あの石をみてごらん。小さな石が水に押されて流されていく。もとはといえば大きな岩だったものが、砕けてぶつかってだんだん小さくなって、それから砂粒になって、土に帰っていく。人も岩も植物も、みんな形あるものは土に帰っていくんだよ。
だがな、その間にたくさん旅をする。ぶつかって割れて砕けて、でも、そうして磨かれてこんな綺麗な石になるんだよ。
お前もきっと、ままならない世の中に、ぶつかって傷つくことがあるだろう。いっそのこと、命すら捨ててしまいたくなることもあるかもしれない。
だが、考えごらん、森の動物も鳥たちも、草や木でさえ命を捨てようなんて考えたりはしない。命は授けられている借り物。命は自分のものだなんて、考えてるのは人間くらいなんだよ。小さなお前にはまだ難しかろうが、みんな今ある命をただ一生懸命生きているんだ。そして、苦しみのなかから磨かれて、美しく輝いていくんだよ。」
そう言って、父さまが水のなかから拾い上げた石は、翡翠色のそれは美しい石だった。
「綺麗な石ねぇ」
それは、金色、銀色に輝く模様のあるとても綺麗な石だった。
うっとりと眺める瑠璃に、父さまは石を渡してこう言った。
「この石はお前が持っていなさい。辛く苦しいことがあったら、今日の話を思い出すんだよ。どんなときも、自分の信じる心のままに生きていけば、いつかお前もお前らしい輝きを放つようになるからの」
瑠璃は胸に下げたお守りの袋から石をとりだして握りしめた。
「そうよ。私がちゃんと生きてあの子もみんなも守らなくちゃ。今は辛くても、もう少しの辛抱だわ。きっと乗り越えて見せる」
たくさんの洗濯を抱えて、瑠璃は家路急いでいく。
🍂続く
【瑠璃の冬の物語】その7
その年はいつにもまして厳しい寒さだった。山々に鳥の声もなく、山に住む動物たちは、ウサギやリスやムササビまで、ひっそりと姿を隠しているようだった。
冬の間、弥彦は、わらじやむしろを作ってはわずかな収入にした。
瑠璃は、野山を巡って食料になるものを探す一方、父さまや野山の生き物たちから教わった薬草を探し、薬を作って食べ物にかえて生活の足しにしていた。
その頃は、ひもじさのあまりに手あたり次第口にして腹をこわしては、瑠璃のもとへ薬を求めて来る村人があとをたたなかった。
「すまないねぇ、あんたには食べ物を分けてもらった上に、こうして体まで治してもらって。あんただってひもじい思いをしてるだろうに。本当に感謝しているよ。だけど、今はお礼に渡せるものもなくて」
瑠璃の薬は町で売ればお金になるものだったが、貧しく困っている村人にお互い様と、二束三文で薬を分けてあげたのだった。
そうして日がくれて、瑠璃が乳を貰いに健(たけ)を抱いて梅の家に向かうと、弥彦はたいそう不機嫌になった。
それでも、梅に乳を貰うようになって、痩せてはいたが少しずつ育った健が、時折笑うようになって、みんなの心を和ませてくれるのだった。
🍂続く
【瑠璃の冬の物語】その8
瑠璃の父さまは、この頃は寝付いていた。食料が足りなくて、日に日に体が弱っていた。
その日は、弥彦が町へと出掛けていった。久しぶりに陽がでて暖かい日だったので、瑠璃は父様の体を拭いた。
「お前には苦労をかけるのう。乳が出ないことで、お前がどれ程苦しい想いをしているか、知っていながら力になれずにすまんな。」
「そんなことはないわ、父様。どんな辛いときも、父様がわかってくれる、その事に支えられて私は生きてこれたもの」
囲炉裏の脇に落ちていた、一枚の葉を手にすると父様は続けた。
「葉には、光があたる表、影になる裏がある。人の世の出来事は表と裏が訪れて、定まらぬもの。だかな、枯れた葉を見れば表も裏も同じ色。幸せも不幸も全ては一つなんだよ。どんなことがあろうともお前はお前、全てがお前に戻る旅なのだよ。いつかお前にもわかるだろう。
梅さんから乳をもらうことが、どれ程辛いことか。権蔵のする仕打ちに、わしとて怒りが込み上げる。そして、お前にも可愛い赤子にも、なにもしてやれない弥彦さんも、お前を愛するゆえに悩みは深かろう。」
「父様、私は辛くて、申し訳なくて、弥彦さんの顔をみることができません。
とても前のように笑顔になることなど。。」
瑠璃がはらはらと、涙をこぼしていった。そして、父様の目にも光るものがあった。
「わしはもう長くない。お前も薄々は気づいておろう。別れは辛いものじゃ。だかな、お前は強く生きなければならんぞ。」
「人を恨み、人生を恨み、神のなされることを恨み、恨むことも怒りに心をいっぱいにすることも簡単じゃ。怒りを心に住まわせれば、やがては怒りに心を食われてしまう。怒りで命の時を過ごすのも、赤子の可愛いしぐさで笑顔で過ごすのも、お前の一日なんだよ。いいか、瑠璃や。乳をもらわねば死んでしまったかもしれない赤子を助けられたこと、今はその事だけを思ってすごすんだよ。
お前は、優しいから、みんな一人で背負って口を閉ざして我慢しておる。だが、辛い気持ちをみんな心に溜め込んでおれば、弥彦さんも溜め込んでいなくてはならのだ。お前の心の準備ができたら、辛い気持ちを弥彦さんにも伝えてはどうかと思うのじゃよ」
「父様、本当にそうかもしれないわ。だけど、今は口を開いたら、自分が壊れてしまいそうで、まだ話すことは難しそう。でも、私どこかで助けてくれない弥彦さんのことも、恨んでいたのかもしれないわ。」
「無理に心を封じ込めることはないんだよ。辛い気持ちも苦しい気持ちも、お前を守る大切な気持ちじゃ。だけど、その気持ちに溺れては生涯光は見えぬのじゃ。
蓮の花は、泥のなかでなくては育たぬが、その泥の中からまっすぐに茎を伸ばして美しい花を咲かせる。お前も泥にまみれず花を咲かせる蓮のように生きよ、瑠璃。辛いときは、今は泥のなかと、心に思っていつかお前の花を咲かせることだけを思うのだよ。」
「お前に話したことはなかったが、私とお前の母さんは、家族も財産も、何もかも捨ててこの里へ来た。そして、お前を授かった」
🍂続く
【瑠璃の冬の物語】その9
私と母さんとは、幼馴染みだったんだよ。山にいったり、川にいったり、村の子達といろんな遊びをしたもんだ。
だが、わしらの村にも、今のような飢饉がやって来たんじゃ。たくさんの村人が次々になくなって、食いぶちを減らすために、女の子は売られていったりもしたんだよ。
母さんの家も大所帯で、大変だったから、ある日母さんを売ろうと親たちが話してるのを聞いてしまったんだ。母さんは腹を決めて、それなら最後の別れをしようと、私のところに来たんだよ。私は、どうしても母さんを助けたくて、二人で村を出ようと決めたんだ。
最初は、私の身を案じて、自分が犠牲になれば全てがうまくいくと、母さんは反対したんだが説得して、その夜二人で村を出たんだ。
私らを探しにきた追っ手に何度も捕まりそうになりながら、逃げ延びたんだよ。
不思議なことがたくさんあった。ひょっこり山に現れた洞窟に偶然隠れることができたり、落ち葉で埋もれた大きな穴にすっぽり落ちて、追っ手から逃れたこともあった。私らは観音様が守ってくれたんだと信じて、感謝を祈ったものだ。
そして、お前を育てたあの山奥にたどり着いたんだよ。
人も入らないような山奥だったが、私らには、安心できる最高の場所だった。私は竹細工を作りまたぎの仕事をし、母さんは薬草を摘んで薬を作り細々と暮らしておった。お前を生んで母さんはまもなくになくなってしまったが、最後の時にこう言ったんだよ。」
「私は、あの時身を犠牲にして、家族を助けようと思ってたの。きっとわずかなお金でも、飢えをしのいで家族は生き延びられるからって。でも、私を売った父や母の心に消えない悲しみが残こしてしまうわね。本当に正しい道なんてわからないけど、私は、自分の幸せな時間を生きられたことに、本当に感謝してるのよ。救いだしてもらって、こんな幸せを貰えて、生まれてきた甲斐があったって。
瑠璃が大きくなって、もしも、私と同じような悩みを持つかもしれないわ。そのときはどうぞ伝えてください。
誰かのために犠牲になって生きることは、とても尊いわ。でも、あなたも世界にたった一人の、大切な命なんだとこの子に伝えてね。母さんは自分の幸せの道を選んで、とても幸せだったと、どうぞ伝えてくださいね。」
そう言い残して、母さんはまもなく旅だったんだよ。
父さまは、何かを思い出すように、しばらく口を閉ざして、障子からさしてくる光を懐かしそうに眺めていた。
🍂続く
【瑠璃の冬の物語】その10
「お前の母さんが亡くなって、私は生きる希望を失ってしまった。脱け殻のような心というのを、生まれて初めて感じたんだよ。あの時、お前がいなかったら、私は死を選んでいたかもしれない」
傍らにいる瑠璃の頭に手をおいて、父様は続けた。
「母様が死んだことを知らないお前が、私に笑いかける。ちいさな手で私の指を握ってくる。お前のしぐさの一つ一つが、私の消えそうな心に灯りを灯してくれたんだよ。。。お前がいたから生きてこれた。
お前が成長し、すくすくと育つのをみることが、どんなに幸せだったことか。。お前にいつも笑顔でいてほしい。そのためなら、私はとんなことでもしよう、そんな想いで育ててきたんだよ。
だから、お前が赤子の乳のために身を犠牲にする心も痛いほどわかる。だが、私はお前に幸せに生きてほしいのだ。今もお前の幸せが私の生きる希望だから、お前が耐えて生きる姿を見るのが、不憫でならないのだ。無念でならないのだ。」
父様は目に涙を光らせていたが、やがて握った片手を瑠璃の前に差し出した。
「瑠璃や、お前にあげたいものがある。手を出してごらん」
瑠璃が父様の握った手の下に両手を差し出すと、父様は手を開いた。
「何も見えぬだろう。だがな、今お前に父様と母様の二人分の愛を渡したぞ。その事を忘れぬように生きるんだよ。人は、この世でたくさんの魂の修行をして、魂を磨いていく。この先もお前に辛く苦しい試練が訪れるかもしれん。だがな、どんな時も、自分が幸せになることを信じ続けるんだぞ。私と母さんの二人の愛が、生きていくお前を包み、お前を守っておる、その事を忘れずに生きていくんだよ。」
瑠璃は手のひら見つめて、ポロポロとあとからあとから涙がこぼれ落ちた。日頃は無口な父様がくれた愛の言葉。父様と母様の話、父様の深い愛を知って、幸せが心の奥に染みていくようだった。
「父様、有り難うございます。私、今日のことを決して忘れません。どんなときも、幸せを信じて生きていきます。」
瑠璃の言葉に父様は優しく微笑むと、目を閉じた。
そして、その日から数日した風の激しい日に、瑠璃の父様は旅立った。
続く
🍂花はギンヨウアカシアです。
【瑠璃の冬の物語】その11
父が亡くなって、ひっそりとした家のなかだったが、赤ん坊も元気に育ち、瑠璃と弥彦との会話も少しずつ増えていった。もう少しで乳をもらいに行くのも終わり、そんな思いが二人の気持ちを明るくしていた。
そんなある日、乳をもらいに言った日に、珍しく梅が瑠璃に優しく話しかけてきた。
「瑠璃さん、あんたの乳が出ないのは、栄養が足りないからだろう。実は私が知ってる秘密の薬草があるんだよ。家のものだけの秘密だから、今まで言えなかったけど、この頃はあんたの子もたくさん乳を飲むようになって、わたしの子の分の乳も足りなくてね。そろそろあんたも自分の乳で子供を養えたらいい頃さ。」
「そうだったんですね。そんなことも知らずにすっかり甘えておりました。その薬草はどこにあるか教えていただけないでしょうか」瑠璃が訪ねた。
「特別に連れてってやるよ。だけど、絶対に人には言わないことだよ。弥彦さんにもだよ。何せ秘密の薬草だからね。」
瑠璃が承知すると、明日の朝早く、日の出前にかごを持っておいでと話がまとまり、まだ寝ている弥彦と赤ん坊をおいて、瑠璃はそっと家を出た。
梅さんの家につくと、外で待っていた梅さんが瑠璃の姿を見るなり、話もせずに足早に進んでいく。そのあとを駆けるように追いかけ、やがて村外れの崖の縁に出た。
そこは、深い沢の上の切り立った崖で、めったに人も訪れないところだった。その場所につくと、やっと梅が口を開いてこういった。
「この崖を少し降りた所に、薬草が生えているんたよ。ほら見てごらん、少しだけ葉っぱが見えるだろう。」
そういわれて恐る恐る覗いてみたが、それらしい葉っぱは見えなかった。
「あぁ、瑠璃さん、無理しちゃ危ないよ。ここに蔦を持って来たから、私が支えてるから、身軽なあんたが降りてって、あの薬草を二人分取ってきてくれないかね。私はこの通り太ってて、とても無理なんだよ」
この数日の雨で水かさが増した水音が谷底からゴーゴーと響いていた。冷たい風が吹き上げて、瑠璃も身震いするような、険しい崖だった。けれど、子供の乳の世話になった梅のためにも、子供のためにも薬草を取ってこようと、意を決して瑠璃は頷いた。
「いいわ。梅さん。私が降りて二人分の薬草をとってくるわね。どうぞしっかり蔦を支えていてね」
そういうと、瑠璃は草履を脱いで、梅の持つ蔦の端を腰に結んで、岩につかまりながら谷底に降りていった。
険しい崖をかなり降りてみたけれど、梅の言う薬草も見当たらず、瑠璃は梅に向かって声をあげた
「梅さん、薬草が見つからないわ。もう少し下の方かしら?」
すると、突然梅が笑い出してこう言った。
「嘘だよ。薬草なんて、真っ赤な嘘さ。あんたが邪魔だったんだよ。ここでおさらばさ!」
そう言うと、持っていた蔦を手離した。
瑠璃はたちまち崖を落ちたが、途中に生えていた小さな木にやっと片手で捕まった。
「梅さん!後生だから助けて!お願い、あなたに何かしたのなら償いをするから、どうぞ助けて!」瑠璃は崖の上の梅に叫んだ。
「あんたにわかるもんかね。あんたが来るようになってから、権蔵さんは私を蔑むような目で見るようになったのさ。それなのに、あんたが来る時間になるとそわそわして、身づくろいしだすんだ。口を開けばあんたの話ばかりさ。私が乳をやってる間あんたが権蔵さんに抱かれてる。毎日、私がどんな思いでいたかわかるかい。それなのに憎いあんたの子に、毎日毎日乳をやる私の苦しみがあんたにわかるかい。
あんたが来なけりゃ、私は幸せだったんだ!あんたなんか、死んじまえばいいんだー!!」
梅の叫びとともに、大きな岩が瑠璃の上に降ってきた。
その一つが瑠璃の頭にあたり、岩と一緒に、瑠璃は激しい谷の流れに落ちていった。
🍂続く
【瑠璃の冬の物語】その12
目覚めたら瑠璃がいなくなっていた。弥彦は、野良に出ているかと瑠璃を待ったが、昼時になっても瑠璃が戻らず胸騒ぎがして、子供を背負ってあたりを探した。
泣き声をあげる赤子を背負って、必死の形相で瑠璃を探す弥彦の姿に、村人が声をかけ、村中総出で瑠璃を探した。
探しても探しても瑠璃は見つからず、弥彦は梅にも瑠璃を見なかったかと訪ねた。「今日は見かけないね」と言ったきり、梅は戸を閉めてしまった。
そうして日がくれる頃、村人が、崖の縁に瑠璃の草履らしいものがあると、弥彦のもとにかけてきた。
慌ててかけていってみると、そこには確かに瑠璃の草履が、崖に向かってきちんと揃えて脱いであった。
「命を断ったかのう。」
村人の一人が口にした。
「瑠璃さんは、辛い毎日を過ごしておいでじゃったから」権蔵の仕打ちを知っている村人らは、瑠璃が絶望して崖から飛び降りたのだろうと考えたのだった。ナンマンタブ、ナンマンダブと崖に向かって拝む者もいた。
村人らは、弥彦の肩を慰めるように叩くと、一人二人と村へと帰っていった。
一人残った弥彦は、瑠璃の草履を胸に泣き崩れた。
『瑠璃よおー!瑠璃よおー!』
谷底に向かって弥彦の叫ぶ声と、火のついたように泣く赤ん坊の声が、カラカラと落ち葉を舞いあげる風に乗って、闇を切り裂くように、谷にこだました。
夜も更けて、泣き疲れて静かになった赤ん坊を背負って、弥彦はやっと立ち上がった。
「お前のほうが何倍も辛い思いをしていたのに、俺は自分の辛さで心が一杯で、お前に優しい言葉のひとつもかけてやれなんだ。瑠璃、すまない。
お前が自分を犠牲にしてまで命を助けたこの子だが、この先どうやって育てたらいいんだ」
止めどなく落ちる涙を拳でぬぐいながら、弥彦は夜道を戻っていった。
いっそこの子と物を食べずに死んでしまおう、そんな思いを抱きながら家につくと、弥彦は崩れるように床に入ったのだった。
🍂続く
【瑠璃の冬の物語】その13
翌朝、家の戸を叩く音で弥彦は目を覚ました。
戸を開けると、そこには数人の村人が立っていた。
「これを食べておくれ」
二人の村人が差し出したのは、
貴重な粟のご飯、芋や野菜の入った味噌汁だった。
別の女は「ごめんよ」と、家にあがると赤ん坊に乳を飲ませ始めた。
何が起きてるかわからず、戸惑ってる弥彦に、村人らが言った。
「あんたや瑠璃さんには、私らはいつも助けてもらってきた。瑠璃さんは、私らに食べ物を分けてくれただけじゃなくて、体が弱ったものの看病や深い山に入って、貴重な薬草を探してきて、手当てもしてくれた」
「そうとも、うちのおかぁが倒れちまった時は、代わりに台所から畑仕事まで手伝ってくれたよ。瑠璃さんの乳が出なくなっちまったのは、わしらがみんなして瑠璃さんに甘えて、頼りすぎたからなんだ。わしらを助けるために、不憫な思いをしてる瑠璃さんに、いつか恩返しせにゃならんと、わしらはみんな思っておった。」
「夕べ、あれからわしらは相談したんだ。村の衆みんなで弥彦さんや赤ん坊を助けて育てようと。それがわしらの命を助けてくれた瑠璃さんへのお礼だ」
これから、毎日赤ん坊の乳の心配も要らない、食べ物もみんなで支えると、村人らの優しい申し出に、弥彦はただただ頭を下げて、礼を述べるのだった。
みんなに大切にされ、愛されて、赤ん坊の健はすくすくと育っていった。
🍂続く
【瑠璃の冬の物語】その14
瑠璃の居なくなった夜、その夜も瑠璃が来るだろうとそわそわと待っていた権蔵は、夜遅くなっても瑠璃が来ないのを不思議に思い梅に訪ねた。
「どうしたんだろう。珍しいこともあるもんだ。赤ん坊が乳が欲しくて泣くだろうに、今夜はどうして来ないんだろう」
「知るもんかね。きっと、腹でもこわして寝込んでるんじゃないかい。病気なんぞうつされたら大変だよ。くわばらくわばら。」
「そうか、来ないんなら仕方ない。ふん、つまらん。寝るとするか」
権蔵はそういうなり、ごろんと布団に入ってしまった。
邪魔な瑠璃が居なくなって、権蔵が以前のように優しくなるかと思ったのに、素っ気なく振る舞う様子に、梅は宛が外れて面白くなかった。
「なんだい。瑠璃さん瑠璃さんって。瑠璃さんはもう、来やしないよ」そう、小さな声で言うと、梅も寝床についた。
翌朝、権蔵は村人の話で、瑠璃が谷底に落ちたらしいことを知った。
1日2日と日がたっていくにつれ、権蔵は心にぽっかり穴が開いたように感じるのを、不思議に感じていた。そのうちに、そんな心を慰めるように、権蔵は酒を飲むようになり、野良にも出ないで昼間から酒を飲んでは暴れて梅を殴りつけるようになった。田畑は荒れて財産も底をつき、二人はしだいに食べることもままならなくなっていった。
そんなある日、酔っぱらった権蔵が始末を怠った囲炉裏から火がでて、たちまち炎は家中に燃え広がった。
夜の暗闇に権蔵の家から火の手が上がるのを見つけた村人もいたが、日頃皆を虐げていた権蔵らを助けるものもなく、たちまち広がった炎に巻かれて、翌朝には家は跡形もなく焼け落ちた。
そして、たくさんの想いの標のように、焼け跡に一本の木が残った。
悲しみや苦しみも
風が吹き
雨が降り
光に溶けて
消えていく
冬が来て
枯れ葉が落ちるたびに
その葉に預けられた想いは
鮮やかに染まって
大地に落ちて
命に還っていく
そうしてふたたび春は巡り
硬いつぼみから
若葉が顔を出す
時を待つ
幼子よ
愛しい幼子よ
冬を越えて生きる
お前の命を光が包む
たくましく育て
お前の枝を雨がぬぐう
元気に育て
お前の枝に鳥が唄う
愛されて
愛に包まれて生きよ
🍂 続く
ありがとうございました🤗