季語は四季折々の風情を愛でる日本文化の象徴です。季語に含められる動植物を中心に、写真付きの俳句歳時記風にまとめた「季語シリーズ」、今回は秋の第6弾です。今回も俳号猫凡で自作の句や歌を入れています。
【野路の秋】
秋の野の類語ですが、路とありますから秋の野原を歩いていくイメージでしょうか。
後れゐて一人がたのし野路の秋 植田浜子
また一人友を失くして野路の秋 猫凡
【露(つゆ)】
水蒸気が地表近くの冷たいものの表面で凝結したもの。日が昇るとすぐ消えることから儚いイメージがあります。
朝露に手をさしのべて何か摘む 大串章
※ねこ流解釈:「ねこ流」と言いつつ「増殖する俳句歳時記」の受け売りですが、摘む対象を特定せずに「何か」とぼやかしてあるのがこの句の要諦でしょう。つまり、主役は草花ではないのです。朝露の降りた草花を愛しんでそっと摘み取る人の心や所作の美しさ、それが主役であるに違いありません。
【露草】
古歌では月草、またの名を蛍草、うつし花、青花、百夜草。
移りゆく色をば知らず言の葉の名さへあだなる露草の花 西行
※ねこ流解釈:「言の葉」とは何でしょう?『やまとうたは ひとのこころをたねとして よろずのことのはとぞなれりける』(紀貫之)、歌とは人の心を種として成長する木の「言の葉」がたくさん繁ったようなものということです。ゆえにここでは「恋心を表す言葉」くらいに解釈しておきましょう。するとこの短歌は、
『ツユクサの花の染め物は色褪せやすいものですし、そもそも露草という名前自体儚さを表しています。あなたのあの情熱的な言葉もそんなものだったのですね‥』といったところでしょうか。
耳飾り真珠ターバン百夜草 猫凡
※作者ノート:NHK Eテレ「びじゅチューン!」のファンならお分かりですね。フェルメールの「真珠の耳飾りのくノ一」もとい、「真珠の耳飾りの少女」。ウルトラマリンブルーのターバン、ツユクサ色でも素敵だなと思ったわけです。背景は漆黒ですから、あえて「百夜草」という言葉にしています。
【鶲(ひたき)】
ヒタキ科の総称ですが、元来は尉鶲(ジョウビタキ)を指します。金属的に澄んだ高音で鳴く声が火打ち石の音に似ていることから「火焚き」というようです。
ひるがへり去りし鶲の紋の白 坊城としあつ
また此処へ来たわと鶲胸を張り 猫凡
【鬱金】
インド原産のショウガ科多年草。ターメリック。学名はクルクマです。根茎は料理やクスリに用いられ、花も美しい有用植物です。
あさ露や鬱金畠の秋の風 野澤凡兆
【鮭】
秋に故郷の川に遡上して産卵、短い一生を終える鮭は、水産資源上非常に重要な魚でもあります。
山彦に遡るなり秋の魚 秋山夢
※『増殖する俳句歳時記』の解説が秀逸なので転載しておきます。
『常識的に解釈すれば、「秋の魚」とは「鮭」のことだろう。この季節、鮭は産卵するために群れをなして故郷の川を遡ってくる。テレビの映像でしか見たことはないが、その様子はなかなかに壮観だ。「月明の水盛りあげて鮭のぼる」(渡部柳春)という句もあるので、昼夜を問わずひたすらにのぼってくるものらしい。本能的な行動とはいえ、全力を傾け生命を賭して遡る姿には胸を打たれる。この句、「山彦に」の「に」が実によく効いている。このとき山彦とは、べつに人間が発した声のそれでなくともよい。山のなかで育ったのでよくわかるのだが、山にはいつも何かの音が木霊している。しーんと静まり返っているようなときにも、実はいつも音がしているものだ。その木霊は、山が深くなればなるほどに鮮明になる。すなわち揚句の「秋の魚」は、山奥へ上流へと、さながら山彦「に」導かれ、引っ張られるようにのぼっているというわけだ。大気も川の水も、奥へ遡るほど清冽さを増してゆく。この句全体から立ちのぼってくるのは、こしゃくな人知を越えた自然界がおのずと発する山彦のごとき秋気であろう』
【椿の実】
夏、青々としていた実が徐々に色づき、林檎のように真紅に染まる様は美しいものです。これが茶色く乾いてきて弾ける様子もまたあはれです。写真はリンゴツバキという種類のようです。
髪解きて夜を充しをり椿の実 伊坂恵子
お一ついかが言わんばかりの椿の実 猫凡
【法師蝉】
秋の訪れを告げるお馴染みのツクツクホウシ。古くは「筑紫恋し」と聞き慣したそうです。
法師蝉煮炊といふも二人かな 富安風生
※ねこ流解釈:ツクツクホウシと煮炊き、どういう関係?ツクツクホウシといえば夏の終わりの印象ですよね。夏の終わりということは、夏休みの終わり、あるいはお盆過ぎ、ということでしょう。夏休みやお盆には子や孫が帰省して老夫婦の家がいっとき賑やかになります。煮炊も沢山せねばなりませんが、それがなんだか嬉しかったり。彼らが帰ってしまった寂寥感を巧みに詠んだ句ということでしょう。
【秋草】
山野の秋の草の総称です。
秋草や妻の形見の犬も老い 本井英
寄せ植えの秋草気ままケ・セラ・セラ 猫凡
【思ひ草】
寄生植物ナンバンギセルの別名。ススキなどイネ科に寄生するとされていますが、ミョウガの根元に蒔いても栽培できるようです。
人柱跡の南蛮煙管かな 早川翠楓
宿主を枯らすでもなく思草 猫凡
【鵯(ひよどり、ひよ)】
私の住む彦島を代表する野鳥です。晩秋、九州に渡るために大集結し、関門海峡を海面スレスレに飛んでゆく様はさながら龍のようです。
鵯と暮らし鵯の言葉も少しずつ 阪口涯子
鵯よ言へ「鵯には鵯の気概あり」 猫凡
※作者ノート:鵯は「卑しい鳥」、姿も声も良くないし農作物を荒らすし、嫌いだという人が多いけれど、ツイードジャケットをシックに着こなす凛とした佇まい、冷えて来た空気を切り裂くようなひと声、私は大好きです。擬人化は好まないけれど、他人の評価に一喜一憂せず己の道を全うするよう励ましてくれる、そんな気がする存在なのです。
【藪枯らし】
ブドウ科の多年性蔓草。一名貧乏かづら。厄介な雑草ですが、花は虫たちに大人気です。
まぎれ咲くからすうりあり藪からし 水原秋櫻子
やぶからしからすうりスキつきまとい 猫凡
【烏瓜】
あの妖艶な花が鮮やかな朱色の実に変わる途中には、こんなポップな姿を見せてくれます。
みめよきは白縦縞の烏瓜 大橋迪代
【冬瓜】
インド原産のウリ科野菜。韓国では、出産後の女性が養生する「産後院」で必ず登場するのが冬瓜のスープやお粥だそうです。優しい食材ですね。
冬瓜のごろりごろりと出羽に雲 鷲谷七菜子
冬瓜汁細胞間隙満たし嗚呼‥ 猫凡
※作者ノート:秋は燥の季節、夏バテもあり身体が乾いて砂漠状態。そんな時に実るのが冬瓜。これを薄味の汁にして食せば、とろりとした食感も相まって、細胞一つ一つが潤うようです。ああ、至福。
【きりぎりす】
現代キリギリスといえば夏の草原で真昼にギーイッと鳴くあの虫ですが、古くはコオロギのことをきりぎりすと呼んでいたようで、ややこしいことになっています。写真はクダマキモドキですが、キリギリス科なのできりぎりすと呼んでも良いでしょう。
むざんやな甲の下のきりぎりす 芭蕉
【蘭】
季語では東洋蘭のことですが、写真の薮蘭なども含めて良いようです。古い和歌ではフジバカマを蘭と呼んでいます。洋蘭もひっくるめて夏の季語とする立場もあるようですから、もはや何でもありですね。
蘭の名はマリリンモンロー唇々々 山口青邨
※ねこ流蛇足:この句の蘭は洋蘭です。知りませんが、そう断言します。何せモンローですから。モンローといえばぷっくりした半開きのクチビルですよね。洋蘭の花にはクチビル、さらにいえば陰唇を思わせる淫靡さがあります。それをこの句はカラリと明るく詠んじゃってますね。最後は「クチクチクチ」ではなく「シンシンシン」と私は読みます。ウシシシという忍び笑いに通じますから。
【白露】
二十四節気の一つ。昼夜の寒暖差が大きくなって朝露がついたり、空気が澄み始めて空が高く感じられたりする時節です。写真は白露に撮った芙蓉の花。
薄明に妻着替へをり白露けふ 堀口星眠
友逝きて白露の空に花仰ぐ 猫凡
※作者ノート:2021年白露、数えるほどしか会っていないのに何か通じ合うものを感じていた人が、この初夏に亡くなっていたことを知る。学びと思索を愛し、向上心に富み、風流を解する粋な人だった。まだまだやりたいことがおありだったろうに、露のようにあっけなく。
【草の実】
様々な植物の実です。あえて名前を挙げないところに味があるのです。
花みな枯れてあはれをこぼす草の種 松尾芭蕉
草の実に幸多かれと呟けり 猫凡
【秋の夕焼、秋夕焼(あきゆやけ)】
単に夕焼けだと夏の季語です。秋夕焼にはやはり幾ばくかの寂寥と肌寒さが伴うものでしょう。
濃く浄き秋の夕焼誰も見ず 相馬遷子
君と見る秋夕焼なぜ落涙す 猫凡
【月】
年中そこにある月ですが、単に月といえば秋の月なのです。
やはらかき身を月光の中に容れ 桂信子
月独り自ら光らずともそこに 猫凡
今回も楽しんで頂けたでしょうか?
季語シリーズはまだまだ続きます。
毎月19日の《GS句会》もよろしくお願いします。
また味わい深いまとめをありがとうございます。
この度はご友人がお亡くなりになられたという事で、お悼み申し上げます。
お辛い事でしたね。
白露という季語を目にする度にお淋しい事とお察し申します。
さて、「秋の季語 6」ですが、ジョウビタキの写真に思わず拍手!😆👏👏👏👏👏
枝の湾曲具合(それもダブルで上向きに)とジョビ子さんの胸を張った誇らしげな様子がぴったり!
女の子だから「此処へ来たわ」なんですね。😊
鳥の写真を撮らせたらねこたんぽさんですね。
ヒヨちゃんの深みのある顔良いですね。
嘴に何か付けているのがご愛嬌!💓
鵯と暮らし鵯の言葉も少しずつ
阪口さんの句、共感する句です。
鵯は色々な鳴き方をする鳥ですから、観察をして言葉を覚えると楽しそうです。
さあ、GS句会楽しませて頂きますね!😊