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sora の物語の一覧

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so.ra
【瑠璃の冬の物語】その20 瑠璃はチャンスを逃さないように、毎日日が昇ると一番大きな木に登っては、鳥がやってこないかと天を仰いで過ごしていた。 そんなある日、瑠璃は夢を見た。一羽の真っ白な鳥に少年が乗って空高くから飛んでくる。その少年が自分に手をふっているのである。 瑠璃は思わず飛び起きた。そして、隣を見ると男と女も起きて、瑠璃に頷くのだった。 「あなたも夢を見たのね。たぶん私たちも同じ夢を見たわ。きっと、時が来たのよ。さぁ、あの木の所に行ってみましょう」 瑠璃は心臓が高鳴った。二人と共に、縄を持ち急いで木に向かっていくと、夢に見た通りに、はるかな光のさす高い天井の向こうから、真っ白な大きな鳥が飛んで降りて来た。そして、何とその背中には、一人の少年が乗っており、自分に手を降っているではないか。 「母さ~ん!僕だよ、太一だよ。迎えに来たよー!」 あぁ、それは生き別れた愛しい我が子、太一の成長した姿だった。太一は器用に白い鳥を操り木の近くまでやって来た。 「ここが精一杯だ。母さん、飛び移れるか?」 太一が叫んだ。 涙が溢れそうになる瑠璃は唇をきつく噛み締めた。 そして、石つぶてをつけた縄を、鳥の足もとをめがけて投げ、縄は見事に命中した。縄の端を自分の腹にくくると、瑠璃は縄を伝って登っていった。その縄の端を太一も引き寄せ、見事に瑠璃が鳥の背中につくや、鳥は光のさす天井へと飛び立った。 鷹よりもはるかに大きなその鳥の起こす風でたくさんの葉が枝から吹雪のように舞い落ちた。 瑠璃は太一に抱えられ、眼下に目をやると、二人が大きく手を降って瑠璃を見送ってくれていた。 「有り難うー!」 涙声の瑠璃の声が洞窟にこだました。 やがて、天井の光に吸い込まれるように、白い鳥の姿と共に、瑠璃の姿は二人の視界から消えた。 「幸せにねー!」 後を追うように、女の声が洞窟にこだました。 鳥が飛び立ったあとも、光の乱舞のようにきらめきながら虹色の葉が舞い落ちてくる。それは美しい光景だった。 男と女は長い間瑠璃の去った彼方を祈るように見送っていた。 続く 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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87
so.ra
【瑠璃の冬の物語】その18 2人に連れられていった場所は、洞窟の天井から光がさして、その下に生い茂る木々が虹色に輝いている場所だった。光のさす中央に大きな木が繁り、その枝には見たことのない虹色に輝く実が実っていた。 荘厳な美しさに見とれる瑠璃に、2人は木を囲むように座ると、瑠璃にも座るように促した。 「ここにたどりついたときに、私たちは食べるものもなくて、あちこちを探して洞窟をさ迷ったのよ。その時に、この美しい場所を見つけたの。もしかして、外に通じる道がないかって探したけど、この場所だけ天井が割れて光がさしていたの。でも、あまりにも天井までが高くって外に出るのは無理だって、諦めたの」 そして、男が口を開いた。 「私たちは、もう最後と覚悟を決めて、死ぬならここで死のうと。そして、命の最後に美しい景色を見せてくれたことに感謝して、この木を囲んで感謝の祈りを捧げようと考えたんです。どのくらい時間がたったのかわからなかったが、私たちは死なずにただ時が過ぎて、ある日美しい月の光がさした日に、この木に、虹色の実がなったんです。その実を食べて私たちは、生きてきた。なんのために命を繋ぐか、私たちもわからない。ただ、愛と感謝をこの木に祈ると木が幸せそうに見えてね、ここで瞑想をして、祈りを捧げることを日課にしてるんですよ」 瑠璃も2人と共に静かに座って時を過ごした。 木々の上に見える天井は果てしなく高く、瑠璃にもとても登れないと思えだが、女がこんなことを言った。 「実はあなたが流れ着く前の日に、ここで瞑想をしていると不思議な夢を見たのよ。それは、真っ白な大きな鳥に捕まってこの木から空に登っていく人の姿なの。あなたも同じ風景を見たのよね」 男に同意を求めると男も静かに頷いた。 「この木の葉はとても丈夫なの。私たちはこの葉の繊維で織った服を着ているの。また見たことはないけれど、あの夢に出てきた大きな鳥がもしも、飛んできたらあなたは、その鳥に捕まって、あのわずかな隙間から、もとの世界に帰っていけるんじゃないかしら」 あの木に鳥が、外の世界から飛んでくる。それは奇跡に近いことだろうと瑠璃も思った。だけど、瑠璃はどうしてももう一度愛する家族に会いたいと思った。そして、2人の夢の話を信じて、その時にかけてみようと考えた。 「可能性があるなら、試してみたいと思います。木の葉から繊細を作る方法を教えてください」 女に頼むと、その日から瑠璃は、木の葉を繊維にして縄をない、木に素早く登り、石つぶてを投げてものをとらえる練習を始めた。 どれ程の時が流れたのか、瑠璃の作った綱は長くしなやかに山になり、木には素早く登り、石つぶては小さなものも捕らえることができるようになった。瑠璃は、故郷の山で真似ていた鳥の鳴き声を真似た口笛を木のふもとで吹きながら、どうぞ迎えにきてくださいと祈るのだった。 続く 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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93
so.ra
【瑠璃の冬の物語】その17 女は瑠璃の話を聞き終わると、優しい笑顔で尋ねた。 「いろいろ経験したのね。それで、あなたは、その人生が好きかしら?」 思いがけない質問に、しばらく瑠璃は考えた。 辛いことも、苦しいことの多い人生だった。人の心のエゴや裏切りや、底無しの泥沼のような心もたくさん見てきた。でも、母さまの愛で生まれ、父さまに愛されて育ってきた。野山の美しい自然のなかで生きる素晴らしさも知った。愛する弥彦と出会い、可愛い子供ももうけた。 幸せだけとは言えない人生だけど、なかった方がいい人生だったろうか? 「もっと楽に幸せに生きられたら…とは思います。でも、両親や大切な弥彦さんや子供とのであいが、この人生の中にしかないのなら、私は自分の人生が好きです」 「ここは時間が止まったような不思議なところ。食べるものに不自由することもないし、老いることも病気も心配もなくて、ただ静かに時が流れていく毎日。私たちは、ここでなにかを産み出すことも、新しい経験をすることもない代わりに、穏やかに自分の時間を過ごすことができるわ。あなたがずっとここに留まりたければ、いつまでもいていいのよ。」 女の言葉で、瑠璃は自分がどう生きたいのか考えた。 「もしも、ここに弥彦さんがいたら、一緒にここで暮らしたいと考えるかもしれません。でも、可愛い子が成長をせずずっと赤ん坊のままなのは、きっと辛いと思います。やっぱり、私はもとの世界で、弥彦さんや子供と一緒に生きていきたいと思います」 瑠璃の言葉に、女は頷くと傍らにいる男と一緒に立ち上がって、瑠璃を手招いた。 「あなたは、そう答えるんじゃないかって思っていたわ。あなたに、お見せしたいものがあるのよ。一緒に来てくれるかしら」 瑠璃は二人のあとについて、流れのわきの洞窟の中へと入っていった。 続く 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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so.ra
【瑠璃の冬の物語】その16 女のくれた実は、故郷の山で食べたの野イチゴや桑の実のような味がした。 そして、不思議なことに実を食べるほどに、苦しかったことも辛かったことも、みんな体の中から消えていくような軽やかな気持ちになっていった。 幼い日の父の姿、野に咲くタンポポやれんげの花。忘れていた風景が甦り瑠璃は目を閉じた。 胸の奥から懐かしい温かな思いが次々と込み上げて、閉じたまぶたから涙がポロポロとこぼれ落ちた。       その姿を見て女が、どうしたのかと尋ねた。 「ずっと忘れていた、父様との懐かしい幸せの風景を思い出したんです。忘れてはいけない大切な思い出なのに、歯を食い縛るように生きていて、大切な記憶があったことさえも忘れてました。不思議です。この実を食べたら、体が軽くなって、心の中に幸せな気持ちが次々に浮かんでくるんです。」 そうなのと、女は笑っていった。 「この実は不思議な実なの。体に力をくれるだけじゃなくて、心にも力をくれるから、きっとあなたは懐かしい大切な思い出を思い出せたのね。 生きている時間は不思議なものなの。今、あなたはずっと幼い子供の頃の思い出を昨日のことのように感じているでしょう。 すべては一瞬の中の出来事のようなもの。過去も未来も今も同じようにあるんだって。ここにきて、それをとても強く感じたのよ。 あなたが思うどんなときも、心に呼び出して今起きていることのように感じられるのよ。本当は人は自由な心で、幸せを自分の心の中から呼び出して使えるのに、その事を忘れてしまって、悲しみや苦しみに心を縛られてしまって、それはとても残念なことよね。 あなたが幸せを感じた時間を、楽しんでみたらいいわ。そして、良かったらあなたの話をお聞かせくださいね」   少しずつ元気を取り戻して、瑠璃は今までの境遇を、ポツリポツリと話し出した。  続く 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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so.ra
【瑠璃の冬の物語】その15 体を撫でる暖かな手は、記憶の彼方の母の姿を思わせた。 ぼんやりした意識のなかで、誰かの呼び掛ける声を聞いたような気がした。 夢の中で、故郷の野山を父様と歩いている幼い自分がいた。 父様の手をしっかりと握って、 それは優しく温かく大きな安心と繋がっている感触だった。 すべては夢だったのだろうか 「父様」 そう、声にした自分の声で、瑠璃は目を覚ました。 「起きたようだね。気分はどうだい」 2人の男女が、瑠璃を見つめていた。髪は銀色で、真っ白な肌、七色の光を放つ不思議な服を着ていた。 「ここは天国?」 あたりの不思議な光景に、瑠璃が訪ねると、女が笑っていった 「いいえ、ここはこの世よ。 あなたは川の流れに運ばれて、ここへきたのよ。」 男性が続けた 「あなたはずいぶん長いこと眠っていたから、もう、目を覚まさないのかも知れないと、心配していたところだったんですよ」 二人は顔を見合わせて微笑んだ。 あたりを不思議そうに見回す瑠璃に、女がいった。 「不思議なところでしょう?私たちも流されて、ここにたどり着いたのよ。あなたは、あの洞窟の向こうから流れてきたのよ」 そこには大きな鍾乳洞のトンネルがあり、この中から流れ出た水が、瑠璃のいる広場のような場所の脇を、勢いよく流れていた。 天井が数ヶ所抜けていて、その広場になったところへ、筋になって光が降り注いでいた。 なんて綺麗な光、そう思って眺める瑠璃に、男が話しかけた。 「綺麗な光でしょう。ここは、あの水の流れが作ったんじゃないかと思うんですが、私たちもあの流れの来る先も、ここから流れていく先も、知らないんですよ。 だけど、天井から降り注ぐあの光のお陰で、地底のここにもわずかに植物が育って、私たちの命を繋いでくれてるんです」 そういわれて、あたりを見回すと、そのあたりだけ緑の草木が繁り、見たことのない花も咲いていた。 「長いこと眠っていたから、おなかがすいたでしょう。これはとても栄養のある木の実なの。良かったら食べてみない」 女がくれたのは、始めてみる木の実だった。 続く 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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so.ra
【瑠璃の冬の物語】その13 瑠璃の居なくなった夜、その夜も瑠璃が来るだろうとそわそわと待っていた権蔵は、夜遅くなっても瑠璃が来ないのを不思議に思い梅に訪ねた。 「どうしたんだろう。珍しいこともあるもんだ。赤ん坊が乳が欲しくて泣くだろうに、今夜はどうして来ないんだろう」 「知るもんかね。きっと、腹でもこわして寝込んでるんじゃないかい。病気なんぞうつされたら大変だよ。くわばらくわばら。」 「そうか、来ないんなら仕方ない。ふん、つまらん。寝るとするか」 権蔵はそういうなり、ごろんと布団に入ってしまった。 邪魔な瑠璃が居なくなって、権蔵が以前のように優しくなるかと思ったのに、素っ気なく振る舞う様子に、梅は宛が外れて面白くなかった。 「なんだい。瑠璃さん瑠璃さんって。瑠璃さんはもう、来やしないよ」そう、小さな声で言うと、梅も寝床についた。 翌朝、権蔵は村人の話で、瑠璃が谷底に落ちたらしいことを知った。 1日2日と日がたっていくにつれ、権蔵は心にぽっかり穴が開いたように感じるのを、不思議に感じていた。そのうちに、そんな心を慰めるように、権蔵は酒を飲むようになり、野良にも出ないで昼間から酒を飲んでは暴れて梅を殴りつけるようになった。田畑は荒れて財産も底をつき、二人はしだいに食べることもままならなくなっていった。 そんなある日、酔っぱらった権蔵が始末を怠った囲炉裏から火がでて、たちまち炎は家中に燃え広がった。 夜の暗闇に権蔵の家から火の手が上がるのを見つけた村人もいたが、日頃皆を虐げていた権蔵らを助けるものもなく、たちまち広がった炎に巻かれて、翌朝には家は跡形もなく焼け落ちた。 そして、たくさんの想いの標のように、 焼け跡に一本の木が残った。 悲しみや苦しみも  風が吹き   雨が降り    光に溶けて     消えていく 冬が来て  枯れ葉が落ちるたびに   その葉に預けられた想いは    鮮やかに染まって     大地に落ちて      命に還っていく そうしてふたたび春は巡り  硬いつぼみから   若葉が顔を出す    時を待つ     幼子よ      愛しい幼子よ 冬を越えて生きる  お前の命を光が包む   たくましく育て    お前の枝を雨がぬぐう     元気に育て      お前の枝に鳥が唄う       愛されて        愛に包まれて生きよ               続く 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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so.ra
【瑠璃の冬の物語】その11 目覚めたら瑠璃がいなくなっていた。弥彦は、野良に出ているかと瑠璃を待ったが、昼時になっても瑠璃が戻らず胸騒ぎがして、子供を背負ってあたりを探した。 泣き声をあげる赤子を背負って、必死の形相で瑠璃を探す弥彦の姿に、村人が声をかけ、村中総出で瑠璃を探した。 探しても探しても瑠璃は見つからず、弥彦は梅にも瑠璃を見なかったかと訪ねた。「今日は見かけないね」と言ったきり、梅は戸を閉めてしまった。 そうして日がくれる頃、村人が、崖の縁に瑠璃の草履らしいものがあると、弥彦のもとにかけてきた。 慌ててかけていってみると、そこには確かに瑠璃の草履が、崖に向かってきちんと揃えて脱いであった。 「命を断ったかのう。」 村人の一人が口にした。 「瑠璃さんは、辛い毎日を過ごしておいでじゃったから」権蔵の仕打ちを知っている村人らは、瑠璃が絶望して崖から飛び降りたのだろうと考えたのだった。ナンマンタブ、ナンマンダブと崖に向かって拝む者もいた。 村人らは、弥彦の肩を慰めるように叩くと、一人二人と村へと帰っていった。 一人残った弥彦は、瑠璃の草履を胸に泣き崩れた。 『瑠璃よおー!瑠璃よおー!』 谷底に向かって弥彦の叫ぶ声と、火のついたように泣く赤ん坊の声が、カラカラと落ち葉を舞いあげる風に乗って、闇を切り裂くように、谷にこだました。 夜も更けて、泣き疲れて静かになった赤ん坊を背負って、弥彦はやっと立ち上がった。 「お前のほうが何倍も辛い思いをしていたのに、俺は自分の辛さで心が一杯で、お前に優しい言葉のひとつもかけてやれなんだ。瑠璃、すまない。 お前が自分を犠牲にしてまで命を助けたこの子だが、この先どうやって育てたらいいんだ」 止めどなく落ちる涙を拳でぬぐいながら、弥彦は夜道を戻っていった。 いっそこの子と物を食べずに死んでしまおう、そんな思いを抱きながら家につくと、弥彦は崩れるように床に入ったのだった。 続く 🍂西沢渓谷 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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so.ra
【瑠璃の冬の物語】その10 父が亡くなって、ひっそりとした家のなかだったが、赤ん坊も元気に育ち、瑠璃と弥彦との会話も少しずつ増えていった。もう少しで乳をもらいに行くのも終わり、そんな思いが二人の気持ちを明るくしていた。 そんなある日、乳をもらいに言った日に、珍しく梅が瑠璃に優しく話しかけてきた。 「瑠璃さん、あんたの乳が出ないのは、栄養が足りないからだろう。実は私が知ってる秘密の薬草があるんだよ。家のものだけの秘密だから、今まで言えなかったけど、この頃はあんたの子もたくさん乳を飲むようになって、わたしの子の分の乳も足りなくてね。そろそろあんたも自分の乳で子供を養えたらいい頃さ。」 「そうだったんですね。そんなことも知らずにすっかり甘えておりました。その薬草はどこにあるか教えていただけないでしょうか」瑠璃が訪ねた。 「特別に連れてってやるよ。だけど、絶対に人には言わないことだよ。弥彦さんにもだよ。何せ秘密の薬草だからね。」 瑠璃が承知すると、明日の朝早く、日の出前にかごを持っておいでと話がまとまり、まだ寝ている弥彦と赤ん坊をおいて、瑠璃はそっと家を出た。 梅さんの家につくと、外で待っていた梅さんが瑠璃の姿を見るなり、話もせずに足早に進んでいく。そのあとを駆けるように追いかけ、やがて村外れの崖の縁に出た。 そこは、深い沢の上の切り立った崖で、めったに人も訪れないところだった。その場所につくと、やっと梅が口を開いてこういった。 「この崖を少し降りた所に、薬草が生えているんたよ。ほら見てごらん、少しだけ葉っぱが見えるだろう。」 そういわれて恐る恐る覗いてみたが、それらしい葉っぱは見えなかった。 「あぁ、瑠璃さん、無理しちゃ危ないよ。ここに蔦を持って来たから、私が支えてるから、身軽なあんたが降りてって、あの薬草を二人分取ってきてくれないかね。私はこの通り太ってて、とても無理なんだよ」 この数日の雨で水かさが増した水音が谷底からゴーゴーと響いていた。冷たい風が吹き上げて、瑠璃も身震いするような、険しい崖だった。けれど、子供の乳の世話になった梅のためにも、子供のためにも薬草を取ってこようと、意を決して瑠璃は頷いた。 「いいわ。梅さん。私が降りて二人分の薬草をとってくるわね。どうぞしっかり蔦を支えていてね」 そういうと、瑠璃は草履を脱いで、梅の持つ蔦の端を腰に結んで、岩につかまりながら谷底に降りていった。 険しい崖をかなり降りてみたけれど、梅の言う薬草も見当たらず、瑠璃は梅に向かって声をあげた 「梅さん、薬草が見つからないわ。もう少し下の方かしら?」 すると、突然梅が笑い出してこう言った。 「嘘だよ。薬草なんて、真っ赤な嘘さ。あんたが邪魔だったんだよ。ここでおさらばさ!」 そう言うと、持っていた蔦を手離した。 瑠璃はたちまち崖を落ちたが、途中に生えていた小さな木にやっと片手で捕まった。 「梅さん!後生だから助けて!お願い、あなたに何かしたのなら償いをするから、どうぞ助けて!」瑠璃は崖の上の梅に叫んだ。 「あんたにわかるもんかね。あんたが来るようになってから、権蔵さんは私を蔑むような目で見るようになったのさ。それなのに、あんたが来る時間になるとそわそわして、身づくろいしだすんだ。口を開けばあんたの話ばかりさ。私が乳をやってる間あんたが権蔵さんに抱かれてる。毎日、私がどんな思いでいたかわかるかい。それなのに憎いあんたの子に、毎日毎日乳をやる私の苦しみがあんたにわかるかい。 あんたが来なけりゃ、私は幸せだったんだ!あんたなんか、死んじまえばいいんだー!!」 梅の叫びとともに、大きな岩が瑠璃の上に降ってきた。 その一つが瑠璃の頭にあたり、岩と一緒に、瑠璃は激しい谷の流れに落ちていった。 続く 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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so.ra
【瑠璃の冬の物語】その9 「お前の母さんが亡くなって、私は生きる希望を失ってしまった。脱け殻のような心というのを、生まれて初めて感じたんだよ。あの時、お前がいなかったら、私は死を選んでいたかもしれない」 傍らにいる瑠璃の頭に手をおいて、父様は続けた。 「母様が死んだことを知らないお前が、私に笑いかける。ちいさな手で私の指を握ってくる。お前のしぐさの一つ一つが、私の消えそうな心に灯りを灯してくれたんだよ。。。お前がいたから生きてこれた。  お前が成長し、すくすくと育つのをみることが、どんなに幸せだったことか。。お前にいつも笑顔でいてほしい。そのためなら、私はとんなことでもしよう、そんな想いで育ててきたんだよ。  だから、お前が赤子の乳のために身を犠牲にする心も痛いほどわかる。だが、私はお前に幸せに生きてほしいのだ。今もお前の幸せが私の生きる希望だから、お前が耐えて生きる姿を見るのが、不憫でならないのだ。無念でならないのだ。」 父様は目に涙を光らせていたが、やがて握った片手を瑠璃の前に差し出した。 「瑠璃や、お前にあげたいものがある。手を出してごらん」 瑠璃が父様の握った手の下に両手を差し出すと、父様は手を開いた。 「何も見えぬだろう。だがな、今お前に父様と母様の二人分の愛を渡したぞ。その事を忘れぬように生きるんだよ。人は、この世でたくさんの魂の修行をして、魂を磨いていく。この先もお前に辛く苦しい試練が訪れるかもしれん。だがな、どんな時も、自分が幸せになることを信じ続けるんだぞ。私と母さんの二人の愛が、生きていくお前を包み、お前を守っておる、その事を忘れずに生きていくんだよ。」 瑠璃は手のひら見つめて、ポロポロとあとからあとから涙がこぼれ落ちた。日頃は無口な父様がくれた愛の言葉。父様と母様の話、父様の深い愛を知って、幸せが心の奥に染みていくようだった。 「父様、有り難うございます。私、今日のことを決して忘れません。どんなときも、幸せを信じて生きていきます。」 瑠璃の言葉に父様は優しく微笑むと、目を閉じた。 そして、その日から数日した 風の激しい日に、父様は旅立っていった。 続く 🌸今日の花 ギンヨウアカシア 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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so.ra
【瑠璃の冬の物語】その8 私と母さんとは、幼馴染みだったんだよ。山にいったり、川にいったり、村の子達といろんな遊びをしたもんだ。 だが、わしらの村にも、今のような飢饉がやって来たんじゃ。たくさんの村人が次々になくなって、食いぶちを減らすために、女の子は売られていったりもしたんだよ。 母さんの家も大所帯で、大変だったから、ある日母さんを売ろうと親たちが話してるのを聞いてしまったんだ。母さんは腹を決めて、それなら最後の別れをしようと、私のところに来たんだよ。私は、どうしても母さんを助けたくて、二人で村を出ようと決めたんだ。 最初は、私の身を案じて、自分が犠牲になれば全てがうまくいくと、母さんは反対したんだが説得して、その夜二人で村を出たんだ。 私らを探しにきた追っ手に何度も捕まりそうになりながら、逃げ延びたんだよ。 不思議なことがたくさんあった。ひょっこり山に現れた洞窟に偶然隠れることができたり、落ち葉で埋もれた大きな穴にすっぽり落ちて、追っ手から逃れたこともあった。私らは観音様が守ってくれたんだと信じて、感謝を祈ったものだ。 そして、お前を育てたあの山奥にたどり着いたんだよ。 人も入らないような山奥だったが、私らには、安心できる最高の場所だった。私は竹細工を作りまたぎの仕事をし、母さんは薬草を摘んで薬を作り細々と暮らしておった。お前を生んで母さんはまもなくになくなってしまったが、最後の時にこう言ったんだよ。」 「私は、あの時身を犠牲にして、家族を助けようと思ってたの。きっとわずかなお金でも、飢えをしのいで家族は生き延びられるからって。でも、私を売った父や母の心に消えない悲しみが残こしてしまうわね。本当に正しい道なんてわからないけど、私は、自分の幸せな時間を生きられたことに、本当に感謝してるのよ。救いだしてもらって、こんな幸せを貰えて、生まれてきた甲斐があったって。 瑠璃が大きくなって、もしも、私と同じような悩みを持つかもしれないわ。そのときはどうぞ伝えてください。  誰かのために犠牲になって生きることは、とても尊いわ。でも、あなたも世界にたった一人の、大切な命なんだとこの子に伝えてね。母さんは自分の幸せの道を選んで、とても幸せだったと、どうぞ伝えてくださいね。」 そう言い残して、母さんはまもなく旅だったんだよ。 父さまは、何かを思い出すように、しばらく口を閉ざして、障子からさしてくる光を懐かしそうに眺めていた。 続く 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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so.ra
【瑠璃の冬の物語】その7 瑠璃の父さまは、この頃は寝付いていた。食料が足りなくて、日に日に体が弱っていた。 その日は、弥彦が町へと出掛けていった。久しぶりに陽がでて暖かい日だったので、瑠璃は父様の体を拭いた。 「お前には苦労をかけるのう。乳が出ないことで、お前がどれ程苦しい想いをしているか、知っていながら力になれずにすまんな。」 「そんなことはないわ、父様。どんな辛いときも、父様がわかってくれる、その事に支えられて私は生きてこれたもの」 囲炉裏の脇に落ちていた、一枚の葉を手にすると父様は続けた 「葉には、光があたる表、影になる裏がある。人の世の出来事は表と裏が訪れて、定まらぬもの。だかな、枯れた葉を見れば表も裏も同じ色。幸せも不幸も全ては一つなんだよ。どんなことがあろうともお前はお前、全てがお前に戻る旅なのだよ。いつかお前にもわかるだろう。 梅さんから乳をもらうことが、どれ程辛いことか。権蔵のする仕打ちに、わしとて怒りが込み上げる。そして、お前にも可愛い赤子にも、なにもしてやれない弥彦さんも、お前を愛するゆえに悩みは深かろう。」   「父様、私は辛くて、申し訳なくて、弥彦さんの顔をみることができません。とても前のように笑顔になることなど。。」 瑠璃がはらはらと、涙をこぼしていった。そして、父様の目にも光るものがあった。 「わしはもう長くない。お前も薄々は気づいておろう。別れは辛いものじゃ。だかな、お前は強く生きなければならんぞ。」 「人を恨み、人生を恨み、神のなされることを恨み、恨むことも怒りに心をいっぱいにすることも簡単じゃ。怒りを心に住まわせれば、やがては怒りに心を食われてしまう。怒りで命の時を過ごすのも、赤子の可愛いしぐさで笑顔で過ごすのも、お前の一日なんだよ。いいか、瑠璃や。乳をもらわねば死んでしまったかもしれない赤子を助けられたこと、今はその事だけを思ってすごすんだよ。  お前は、優しいから、みんな一人で背負って口を閉ざして我慢しておる。だが、辛い気持ちをみんな心に溜め込んでおれば、弥彦さんも溜め込んでいなくてはならのだ。お前の心の準備ができたら、辛い気持ちを弥彦さんにも伝えてはどうかと思うのじゃよ」 「父様、本当にそうかもしれないわ。だけど、今は口を開いたら、自分が壊れてしまいそうで、まだ話すことは難しそう。でも、私どこかで助けてくれない弥彦さんのことも、恨んでいたのかもしれないわ。」 「無理に心を封じ込めることはないんだよ。辛い気持ちも苦しい気持ちも、お前を守る大切な気持ちじゃ。だけど、その気持ちに溺れては生涯光は見えぬのじゃ。  蓮の花は、泥のなかでなくては育たぬが、その泥の中からまっすぐに茎を伸ばして美しい花を咲かせる。お前も泥にまみれず花を咲かせる蓮のように生きよ、瑠璃。辛いときは、今は泥のなかと、心に思っていつかお前の花を咲かせることだけを思うのだよ。」 「お前に話したことはなかったが、私とお前の母さんは、家族も財産も、何もかも捨ててこの里へ来た。そして、お前を授かった」 続く 🌸蓮 過去pic から 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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【瑠璃の冬の物語】その6 その年はいつにもまして厳しい寒さだった。山々に鳥の声もなく、山に住む動物たちは、ウサギやリスやムササビまで、ひっそりと姿を隠しているようだった。 冬の間、弥彦は、わらじやむしろを作ってはわずかな収入にした。 瑠璃は、野山を巡って食料になるものを探す一方、父さまや野山の生き物たちから教わった薬草を探し、薬を作って食べ物にかえて生活の足しにしていた。 その頃は、ひもじさのあまりに手あたり次第口にして腹をこわしては、瑠璃のもとへ薬を求めて来る村人があとをたたなかった。 「すまないねぇ、あんたには食べ物を分けてもらった上に、こうして体まで治してもらって。あんただってひもじい思いをしてるだろうに。本当に感謝しているよ。だけど、今はお礼に渡せるものもなくて」 瑠璃の薬は町で売ればお金になるものだったが、貧しく困っている村人にお互い様と、二束三文で薬を分けてあげたのだった。 そうして日がくれて、瑠璃が乳を貰いに健(たけ)を抱いて梅の家に向かうと、弥彦はたいそう不機嫌になった。 それでも、梅に乳を貰うようになって、痩せてはいたが少しずつ育った健が、時折笑うようになって、みんなの心を和ませてくれるのだった。 続く 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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【瑠璃の冬の物語】その5 手の切れるような冷たい川の水で、洗濯をしながら、瑠璃は幼い頃父から聞いた言葉を思い出す。   「あの石をみてごらん。小さな石が水に押されて流されていく。もとはといえば大きな岩だったものが、砕けてぶつかってだんだん小さくなって、それから砂粒になって、土に帰っていく。人も岩も植物も、みんな形あるものは土に帰っていくんだよ。 だかな、その間にたくさん旅をする。ぶつかって割れて砕けて、でも、そうして磨かれてこんな綺麗な石になるんだよ。 お前もきっと、ままならない世の中に、ぶつかって傷つくことがあるだろう。いっそのこと、命すら捨ててしまいたくなることもあるかもしれない。 だが、考えごらん、森の動物も鳥たちも、草や木でさえ命を捨てようなんて考えたりはしない。命は授けられている借り物。命は自分のものだなんて、考えてるのは人間くらいなんだよ。小さなお前にはまだ難しかろうが、みんな今ある命をただ一生懸命生きているんだ。そして、苦しみのなかから磨かれて、美しく輝いていくんだよ。」 そう言って、父さまが水のなかから拾い上げた石は、翡翠色のそれは美しい石だった。 「綺麗な石ねぇ」 それは、金色、銀色に輝く模様のあるとても綺麗な石だった。 うっとりと眺める瑠璃に、父さまは石を渡してこう言った。 「この石はお前が持っていなさい。辛く苦しいことがあったら、今日の話を思い出すんだよ。どんなときも、自分の信じる心のままに生きていけば、いつかお前もお前らしい輝きを放つようになるからの」 瑠璃は胸に下げたお守りの袋から石をとりだして握りしめた。 「そうよ。私がちゃんと生きてあの子もみんなも守らなくちゃ。今は辛くても、もう少しの辛抱だわ。きっと乗り越えて見せる」 たくさんの洗濯を抱えて、瑠璃は家路急いでいく。 続く 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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【瑠璃の冬の物語】その4 権蔵の家についた瑠璃は、何とか赤ん坊に乳を分けてもらえないかと、一生懸命頼んだ。 けれども、瑠璃の抱く赤ん坊をちらっと見るなり、梅は背中を向けた。 『こっちも自分の子どもに乳をやるだけで精一杯なのに、何であんたの子にまで乳をやらなきゃならないの。とっととお帰り』 権蔵はいろりにあたりながら、知らん顔で、にやにやと二人のやり取りを楽しんでる風だった。 『本当にその通りです。ただでお願いしようなど、思ってません。』 瑠璃は懐から観音様を取りだして、包みを開きながら必死に頼んだ。『これは代々伝わるうちの家宝の観音様です。これがお礼の品です。どうぞお乳を分けてください』 梅は、金の観音様の像を見るなり、瑠璃の手から奪い取るようにして手にとると『なんだい、それならそうと早く言えばいいものを。そりゃあ、私も鬼じゃないからね。少しぐらいなら、分けてやらんでもないよ』 その時、ふたりのやり取りを聞いていた権蔵が、ここぞとばかり口を開いた。 『おい待て!それだけで、乳をもらえると思ってもらっては困るな。こいつがあんたの赤ん坊に乳を飲ませてる間、お前は俺に抱かれるんだ。それが嫌なら、諦めて帰りな』 突然の権蔵の言葉に、瑠璃も梅も、驚いて権蔵の顔を見た。 権蔵は、前々から色白で姿の美しい瑠璃を何とかして手に入れたいと願っていた。子供の命を救うために、家宝まで手放そうと必死な瑠璃を見て、一か八か賭けよ、と企みを口にしたのだ。 瑠璃は唇を噛み締めて、震えていたがやがて、絞り出すようにかすれる声で言った。 『わかりました。よろしくお願いします』 いつも、瑠璃を苦々しく思っていた梅は、『あっはっはっは。ほんとかい。落ちぶれたもんだね、瑠璃さん』と高笑いして、瑠璃の抱いていた子を引ったくるようにして連れていった。 梅が去った部屋で、瑠璃は獣のように権蔵に抱かれたのだった。 やがて、梅が子供を連れて部屋に戻り、子供を受けとると、瑠璃はかすれる声で、『有り難うございました』と、お辞儀をすると、胸元をあわせてかけるように外に飛び出した。 子供を背負って夜道を歩く、瑠璃の頬を涙が止めどなく流れてくる。赤ん坊はなんにも知らず、背中でお乳をもらって、すやすやと気持ち良さそうに寝息をたてていた。 風の冷たい12月だったが、瑠璃は川縁に降りると着物を脱ぎ、脱いだ着物に赤ん坊をくるみ、所々氷がはって手の切れるような川の水で体を洗うのだった。 瑠璃がすっかり冷えた体をさすりながら家に帰ると、心配した弥彦と瑠璃の父さまが寝ずに待っていた。 『どうだ、無事に乳はもらえることになったか』 父さまが言った。 抱いていた赤ん坊を受けとると、弥彦が言った。 『すやすや気持ちよさげに寝ているなぁ。良かったなぁ、梅さんに乳を貰えたんだね。ご苦労様だったね。』そう言って瑠璃に笑顔を向けた。 青ざめた顔をしていた瑠璃は、やむなく家宝の観音様を渡したことを話した。そして、しばらく躊躇ったあと、権蔵に抱かれたことを話した。 『なんてやつだ!鬼のような所業を!!』 父さまは握りこぶしをわなわなと震わせながら言った。 弥彦の顔からは笑いが消え、一言も語らずにふいと立ち上がるとそのまま布団に入ってしまった。 家の戸をガタガタと鳴らして風が吹いていく。遠くでピューピューと風が唸る。 3人はそれぞれの胸のうちに、込み上げる思いで眠れずに風の音を聞きながら一夜を過ごしたのだった。 続く 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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【瑠璃の冬の物語】その3 弥彦が重い口を開いた。 「この子がこのまま乳を飲めなければ、死んでしまうだろう。私の弟の権蔵のところにも、同じくらいに子供を授かった。嫁の梅さんは体格も良くて、乳の出も良いと聞いた。 今時分、自分の子を育てるだけでも精一杯だと言われるかも知れないが、頼ってみてはどうだろう」 「でも、村人がお金を積んで食べ物を分けてくれと頼んでも、追い払ってしまうと聞きました。とても、黙ってお乳を分けてくれるとは思えないわ。」 家にはもう、金目のものはなにもなく、二人は再び黙りこんでしまった。 その時、瑠璃の父さまが仏壇の奥から、丁寧に布にくるんだものを持ってきた。 「これは我が家の家宝。代々続く我が家の守りの観音様じゃ。小さいが金でできている。命には変えられぬ、これを持って頼んでおいで」 父さまが持ってきたのは、家を離れるときにそれに気づいた母様が、守りにとそっと持たせてくれた大切な観音様だった。朝夕に父が祈りを捧げ話しかけているのを、瑠璃は幼い頃から見てきた、父様にとっては大切な大切な観音様なのだ。 「父さま、それは父さまが大切にしている家宝の観音様。とてもそんな大切なものは。。」 「守りの神仏像であれ、金銀財宝であれ、命より尊いものはないんじゃよ。お前たちがそう考えて、たくさんの村人に施して、今は自分達の命すら危うくなっておる。神様は、どこにいなさらろうときっと見ていて守ってくだろう。母さまとて、きっと同じことを言うだろう。さぁ、ぐずぐずせずに行っておいで」 弥彦や父に背中を押されて、瑠璃は赤ん坊を背負うと、家宝の観音様を懐に権蔵の家へと向かっていった。 背中では泣きつかれた赤ん坊が、すやすやと眠っていた。 空には明るく月が出て、瑠璃を励ますように夜道を照らした。 「お月様、お梅さんとて大変なところ。だけど、何としてもこの子の命を助けたい。どうぞ、お乳をもらえますように。」 続く 🌸東京 晴れ 18℃ 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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【瑠璃の冬の物語】その1 結婚して若者と暮らす日々は、穏やかで幸せな毎日だった。 夫の名前は弥彦と言った。 弥彦は早くに父と母を亡くしていたので、瑠璃の父を本当の父のように慕い大切に尽くしてくれた。そして、めぐった春に、二人は可愛い男の子を授かった。 『なんとも可愛い子だのう。眼は父親に似て凛々しいこと。口元はお前に似て優しいのう。この子は、優しくて賢い子に育つじゃろうて』 二人が野良で働くあいだ、瑠璃の父が赤ん坊の世話をしてくれた。 二人の子は、太一と名づけられ、みんなに大切に護られ愛されて、すくすくと育っていった 。そして、働き者の弥彦と瑠璃は一層家業に精をだし、家業はますます栄えていった。 すくすくと元気に育った太一は3歳になり、野良で働く両親についていっては、野山で泥だらけになって遊び、昼時になるとかけて戻ってくるのだった。 「父さん!母さん!ほらみて、今日もすごいものを見つけたよ!」 その手に木の実や蟹や昆虫などを握って、得意顔に見せに来る息子の姿を、微笑ましく見つめ、手を休めて野良に腰を下ろし、3人で弁当を広げる一時。瑠璃にとって想像もしなかった幸せな毎日だった。 そんな、ある日のこと、太一が二人の前から、突然姿を消した。 その日もよく晴れて、両親と野良に出た太一は遊びに飛び出していった。 やがて昼になってもいつものように太一が戻らず、二人はまもなく腹をすかせて帰るだろうと、一時帰りを待った。しかし、待てども太一は戻らず、二人慌てて辺りを探した。懸命に探しても、誰に聞いても、隠されてしまったように、突然太一の姿は見えなくなってしまったのだった。 やがて夜になり、松明を灯し、村人にも協力を頼んで、寝ずに探したが見つからなかった。 次の日からは、瑠璃と弥彦の二人で来る日も来る日も太一を探した。尾根を登り、谷底に降りて、必死で探したが、来ていた着物の切れはしすらも見つからなかった。そんな様子を見て、村の人たちは、神隠しにあったと噂するのだった。 瑠璃はあまりの悲しみに泣き暮らし、痩せ細っていった。 続く 🌸東京 晴れ 13℃ いつも、投稿を見てくださって有り難うございます🙇💝 【瑠璃の冬の物語】を始めます。瑠璃の出生の秘密も明らかになっていきます。どんな時もくじけないで立ち向かっていく瑠璃を応援してくださいね😊♡ 前作のあらすじは、11/17の 【瑠璃の秋の物語】~sora   の投稿を見てください😊 (念のため、下にも 🏷️タグ: 『瑠璃の秋の物語~sora 』を着けました。)10話ありますが、一日で書き上げたので、雑になってて反省です💦 今回は、少し時間をかけて書こうかなと思ってます(#^.^#) 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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🌷チューリップ物語🌷その14 強い風の吹いた次の日から、雨が降り続いた。固い土のあちこちに小さな水溜まりができて、寒さに凍りつき、溶けて水に戻り、そんな繰り返しをしながら、少しずつ木々の芽が膨らんだ。 やがて小さなふきのとうが芽生え、つくしが顔をだし、少しずつ緑が賑やかになる頃、小さなチューリップが芽を出した。 それは小さな芽だったけれどそれでも、太陽の光を浴びて嬉しそうにキラキラと朝露を宿らせて、誇らしげだった。 そこはたくさんの野菜たちの畑。冬の寒さに溶けて崩れた大根や白菜が花を咲かせていた。チューリップは、そんな風景を見ながら、たった一枚伸ばした葉に春の光を浴びて、生きている喜びを噛み締めていた。 そんなある日畑の持ち主がやって来て、畑に残った作物を引き抜いて、新しい苗を植えていった。そして、チューリップを見つけると、大きな声で丘の上に向かって呼び掛けた。 『お~い!来てごらん!ここにもチューリップが生きてたぞ!』『えー!本当に♪』それは小さな男の子の声だった。 丘の上から小さな男の子が、小さなバケツを下げてかけ降りてきた。 『お父さん、きっとあのときのチューリップだよ!すごいね、ここにも生きてたんだ。』 『そうだね。2つも、生きてたなんて奇跡だね。』 『ねぇ、お父さん。これも、僕がもらっていい?大事に育てるから。花を咲かせて病気のおばあちゃんに持っていってあげるんだ』 『いいとも』お父さんは、男の子の頭を撫でて言った。 『これは小さな球根だから、今年はきっと花が咲かないよ。来年まで大事に育てられるかい?』男の子がコクリと頷くと、お父さんはチューリップをそっと掘り出して、男の子のバケツに移した。 そして、そこにいたのは!あのお爺ちゃん球根だった。 『ボウズ、懐かしいの。お前も無事に生き延びたわけだ!よくやったな』 『お爺ちゃん!お爺ちゃんなの!』小さな球根は嬉しくて泣きながら尋ねた。 『どうして、どうやってあの溝から生き延びたの?』 『わしも、もうだめかと覚悟しておったんじゃが、わしが落ちた所は、幸いにたくさんの枝や落ち葉が山になっていたところだったんじゃ。お陰で水に溺れずに過ごせたわしは、春になって芽を伸ばすことができたんじゃ。』 小さなチューリップは固唾をのんで聞いていた。 『そしたら、さっきのお父さんがあの溝の掃除にやって来て、わしを見つけたんじゃよ。 まさか、ここでお前さんに会うとはの。』お祖父ちゃん球根も目に涙を浮かべて話すのだった。 『ママ、奇跡だよ!すごいビッグニュースだよ!』 家に帰ると、男の子はお母さんに2つのチューリップを見せた。 『まぁ、なんて素敵な偶然なの。ママも今日、小さなチューリップを一輪見つけたのよ』 それは、ピンクの可愛いチューリップだった。 『それじゃあ、3つを一つの鉢に植えましょうか。どんな花が咲くか楽しみね』 それからの日々、3つのチューリップは、それぞれの冒険や出会いの話をしながら、一つの鉢で仲良く過ごした。 ピンクのチューリップは、小さなチューリップ球根の冒険を聞くのが好きで、何度も話をおねだりした。そうやって試練を乗り越えたチューリップを頼もしく思うのだった。 続く
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🌷チューリップ物語🌷その13 晴れた日が続いて、今ではチューリップの体を隠していた落ち葉も、どこかへ飛んでいってしまい、冷たい風と太陽の光に小さなチューリップの球根はカラカラに乾いてしわしわと小さくなっていくのだった。 自分はこのまま枯れてしまうかも知れない、そんな不安が胸を重くする時もあったが、今のチューリップの球根は、ただあの木の根もとの穴に飛んでいくことだけ。その自分の姿を何度も何度も心に描いて、『次の風か来たら、きっと飛んでやる!』そう思って空を見上げるのだった。 暖かな日差しの日が続いて土手に生えていた柳が芽吹いた。その芽に小さな銀色の頭が顔を出した朝、突然その風がやって来た。 ゴーと唸るような音と一緒に、たくさんの枝がパチパチと飛んできた。畑の土は舞い上がって、あたりは茶色の靄がかかったようだった。 「よし!今だ!」チューリップの球根は、体を起こして風に乗った。飛んで、落ちて、弾んで、転げて、、たくさんの落ち葉と一緒に飛ばされていった。ところが、穴まであと一息のところで止まってしまった。 そして風はだんだん弱くなってくる。 もうこれまでか、そう思ったとき、一枚の大きなプラタナスの葉が飛んできて、チューリップの足元に刺さるように止まった。 『君はどこをめざしてるんだい』落ち葉が尋ねた 『あの穴だよ。あの穴まで、何がなんでも飛んでいきたいんだ!』 『それなら、今度大きな風が吹いたら、君をのせて飛んでいこう!!いいかい、君も空を飛ぶ翼が生えた気持ちで心をあわせるんだ』 チューリップは大きく頷くと、空と行く手を交互に睨んで次の風が吹くときを待った。 その時、再び地響きのような強い音がして風がやって来た。それはさっきより一層強い風だった。チューリップの球根はプラタナスの葉に乗るように舞い上がり、あっという間に穴に転がり込んだ。チューリップが落ちると、落ち葉はまた勢いよく飛んでいった。  冒険は成功した。 チューリップは深いため息をついた。 そこは深くて暖かく気持ちのいい場所だった。 小さなチューリップが穴に落ち着くと、その上から何枚かもの落ち葉も落ちてきた。 『おめでとう!上手くいったわね』それは、懐かしい菊の葉の声 『いった通りだったな。この冒険をやりとげたのはお前さんの力だ!良かったなボウズ!』 カラスに穴を開けられてボロボロになった蔦の葉もそこにいた。 そして、菊の葉っぱが言った。 『あなたは知らないでしょうけど、実は蔦さんが、あなたが立ち往生をしたら、あなたを乗せて運んでねってプラタナスの葉っぱに何度も何度もお願いしてくれたのよ。あれから私達は、カラカラに乾いていくあなたをずっと見ていたわ。それでもあなたはいつも希望を捨てなかったから、応援したくなったのよ。私達は冬の寒さからあなたを守るわ。そして朽ちたらあなたの肥料になってあなたの芽吹きを応援するわ』 その言葉を聞いて、チューリップはまた嬉しくてポロポロ涙をこぼした。 『ありがとうみんな!僕、今とっても暖かい。一人だと思ってたときも、僕を見守ってくれてて、、本当にありがとう。 僕、きっと春に芽吹いて花を咲かせるよ。今年が無理なら、来年きっと花を咲かせるからね』 菊の落ち葉も蔦の葉も、カサリと音をさせてチューリップを優しく覆った。 その日吹き続けた風は、小さなチューリップの球根と落ち葉の上を通り過ぎたくさんの土をかけていった。 続く 🌸東京 晴れ 10℃ 物語を読んで下さって有り難うございます。次が最終話です😊❤️ 今日もいい日に💕
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🌷チューリップ物語🌷その12 その夜降り続いた雨は、やがて雪になって野山を真っ白に埋め尽くした。 降り続いた雪にすっぽり覆われた大地は静かに息を潜めて、小川を流れる水も凍りついた。 そんな日が幾日も続いた後に、太陽がさして再び畑の土が顔をだした。 体の上に舞い落ちた落ち葉に守られて、小さなチューリップの球根はまだ生きていた。 けれど、体の半分は凍てついて腐ってしまい、雪を溶かした太陽に体がカラカラに乾いていくのを感じるのだった。 「あぁ、こんなことじゃ、もう花なんて咲かせられない。ここでこのまま終わりだ。」 しわしわに乾いていく体を見ながら、小さなチューリップは涙をこぼした。 「あらあら、相変わらず泣き虫ね。泣いたって何も変わらないのに。」 そこには、見慣れない黄色い花が咲いていた。 「はじめまして。この色どう?少し太陽みたいで元気が出るって思わない?」その花は明るく笑いながら、ゆらゆらと揺れた。 「蝶も蜂もまだ来ないことはわかってるわ。だけど、私は自分の意思で咲きたいから咲くのよ。そうして自分を元気にするの。泣き虫さん、あなたはどうやって自分の心を元気にするの?」 花に訪ねられて、小さなチューリップの球根は、元気なく答えた。 「元気になるのは。。そんな気持ちは何かがあってもらうのものって思ってたから、自分を元気にする方法なんて考えたこともないや。僕はしなびて、絶望のどん底なのに、そんな気持ちになれると思うの?」 「そんな他人まかせじゃ、自分が可愛そうね。」 「だって、僕はご覧の通り、凍って体の半分がダメになって、、、こんなんじゃ、もう花も咲かせられないし、終わりだよ💧」 「あらあら、残念ね。あなたが終わりだと思うなら、もう終わりね。せっかく蔦がカラスにつつかれながら、あなたに教えてくれたのにみんな台無しね」 「あなたは何も知らないんだ。僕の悲しみなんか」 「そうよ。知らないわ。でも、一つ知ってることがあるわ。 凍てついて腐る前のあなたは重たくて、とても風にのって転がることなんか出来なかったでしょうけど、今はカラカラに乾いて、きっと転がっていけるんじゃない」 花の言葉を聞いて、小さなチューリップの球根は、はっとした 「本当だ!僕は転がっていける! 何度も考えたんだ。体の重い球根でどうやってあそこまで行けるかって。蔦は僕をからかって楽しんでたんじゃないかって」 そして、しばらく考えて続けた 「少しでも疑って、蔦に悪いことをしちゃったな。カラスにあんな風にされて、僕に教えてくれたのに。僕は自分のことしか考えてなかったし。新しい考え方をしようなんて思いもしなくて、他の方法があるかもしれないなんて、考えてなかったんだ。。そうか!もしかしたら、蔦さんは、僕が凍てついて体が半分とけて、軽くなることまで計算の上で僕に話をしたのかな。あぁ、それなのに、僕は何て情けない。」 「自分をそんなに責めなくてもいいわ。あいつは気持ちはいいんだけど、口が悪くてね。 あなたもいろいろと頑張ったわ。自分にもっと自信を持ちなさい。 もうすぐ、今年最後の嵐が来るわ。穴に向かって飛んでいく最後のチャンスよ。力を蓄えて頑張ってね!」 小さなチューリップの球根は、目を閉じてこれまでの自分に起きたことを振りかえった。 そしてくすりと笑った。                                      『そうだ、まんざらでもないや』そして、笑った自分に気がついて、笑えたことが嬉しいと心にも笑顔が広がるようだった。 「あなたに会えてよかった。こんな体になったけど、結局僕は一番いい道を歩いていたみたいだ。あなたのお陰でそのことに気づいたよ。  今度嵐が来たら僕は風にのっていく。あなたのように、いつか僕もじぶんの花を楽しめる生き方をめざすよ。ありがとう」 「あなたの冒険を応援してるわ。蝶や蜜蜂からあなたの花の話を聞くのを楽しみにしてるわよ」 小さなチューリップの球根は、目を閉じて、なんども何度も風に乗る自分の姿を思い浮かべながら時を待った。 続く
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🌷チューリップ物語🌷その11 声のした方を振り向くと、それは真っ赤に色づいた蔦の葉だった。 「お前のことなんざ、どうでも良いんだが。まぁ、ちよっとした気まぐれに警告してやろうと思ってな」 「警告ってなぁに」 ドキドキしながらチューリップの球根が聞いた。 「お前さんは花たちを見ているが、今のお前は花も咲いちゃいないし、葉っぱも出てないただの球根だ。花を咲かせてるやつらとはそもそも違うってことさ。  この寒さに根っこを伸ばせだの、芽を出せだの。土の上に転がってるだけのお前さんがそんなことをしたら、凍りついて何もかも終わりさ。それを待ってるやつがいることも知らずに、お人好しなことさ。」 「うるさいねぇ。まるで私が悪者みたいじゃないか。この、何もわからない坊やに、イロイロ教えてあげて何が悪いのさ。蔦のあんたに花の何がわかるって言うんだい。花も咲けないくせに、偉そうに!あんたなんか黙って木に張りついてりゃいいのさ。」 さっきとはうって変わって、乱暴な口ぶりでヒメツルソバが話すのを、小さなチューリップの球根は驚いて聞いていた。 「こっちは高いところからみんな見てきたんだ。そうとも、お前さんがやってきたことも。お前の考えることなんざ、とっくにお見通しだよ。  ぼうず、いいか、こいつはお前がこんなところに転がってきて迷惑なんだよ。あれこれと悪知恵を働かせて、やっと陽当たりのいい場所に繁ることができたのにって思ってるんだ」 「どうして?僕ここに転がって来ちゃったけど、何も悪いことをしてないよ」 「お前にその気がなくても、こいつにはお前が邪魔なんだよ。お前が葉を繁らせたら、こいつは影になっちまう。こんな狭い畑でみんなが自分のいい場所を取られないように必死って訳だ。お前に考える頭があるなら、ちょっとぐらい想像したら、誰が得するか誰が損するか、俺様の言ってる意味がわかるだろうよ」 小さなチューリップの球根は、せっかく仲良くなったと思った花に、自分がほんとは邪魔にされてたかもしれないと知って、涙がポロポロとこぼれたのだった。 「やんなっちゃうな。少しぐらい根性があるかと思って話してやったのに、泣いて終わりかよ。ぼうず、悔しいとか、腹立つとか、思わんか。ちゃんと腹が立つときは、腹をたてるこった!怒りってのはな、時にどん底から抜け出る力になるんだ」 「泣いたりしてごめんなさい。。僕、怒ることも上手くできなくて。。どうかお願いです。僕がどうしたらいいか、知ってたら教えて」 小さなチューリップの球根は慌てて涙をぬぐうと、蔦に頼んだ。 「人に頼ってばかりのその根性を何とかせにゃあ、どこへいっても同じこった。まぁ、今度だけ特別に教えてやろう。  いいか、ちびのお前さんにゃ見えないだろうが、少し先のあの大きな木の手前の土に穴がある。あそこは少し前に大根が引っこ抜かれたあとさ。あそこに転がって行けたら、穴に落ちてお前もひょっとして芽を出せるかもしれん。泣き虫のチビスケ、お前にやる気があればだが」 小さなチューリップの球根にはその場所は見えなかったが、大きな木は見えた。そして、一か八か、蔦の言うことを信じてみようと思った。そして、恐る恐る蔦に聞いた。 「どうやって、その場所にいったらいいの。お願いです、教えてください」 「いいか、おそらくもう一度ぐらい強い風の吹く日がある。このあいだお前さんが転がってきた日のように、土ぼこりが舞い上がるのが目印だ。その日が来たら、とにかく転がっていくんだ。それだけだよ」 その時、一羽のカラスが枝から舞い降りて、チューリップの球根を覆っている葉っぱをくちばしでつついた。葉っぱ越しに、カラスのくちばしがチューリップにあたって、チューリップはあちこちに傷ができ痛くて悲鳴をあげた。そして今度はカラスは枝に飛び上がり、蔦の葉をつつきだした。 「何様のつもりだい!調子に乗ってるんじゃないよ!  チューリップなんざ、ここにおとなしく転がってりゃまたネズミが来て食べてくれるのさ。チビスケは身のほど知らずなことを考えず、ここでおとなしく諦めりゃあいいのさ!」 さっきまで話をしていた蔦の葉は見る影もなくボロボロになって、茎だけになってしまった。 カラスはその蔦の葉を見るとニヤリと笑い、カァー!!とひと鳴きして空に飛び去っていった。 もう誰も口を開こうとせず、辺りはしんと静まり返った。 やがて空にむくむくと黒い雲が立ち込め、ポツリポツリと雨が降り始めた。 続く
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🌷チューリップ物語🌷その10 そこには、綿毛をつけたツワブキの花が咲いていた。 光に透けた綿毛がキラキラ光って、あちこちに銀色のあかりが灯っているようだった。 「綺麗だね。枯れてるけど真っ白な花が咲いて、気持ち良さそう。なんだか暖かそうだなぁ」 しばらく眺めて、小さなチューリップ球根がつぶやいた。  「枯れてもとっても綺麗よね。悲しいけど花は枯れないように頑張っても、いつかは枯れていくのよ。美しい花を咲かせることは大事だけど、それだけじゃないのよ。どんな花も自分だけの時間をもらって咲いてるんだもの。その時間を生きなかったらもったいないって思わない。だから、知恵を使って、春に備えて根っこを伸ばして、芽を出して花をつける準備をするのよ。あなたも根っこを伸ばして準備をしなくちゃね」 話を聞いてしばらく考えてから、小さなチューリップ球根がたずねた。 「自分だけの時間かぁ。 あなたはちゃんとたくさん花をつけてるけど、僕はたぶん一つきりの花。ほんとは、僕はまだ葉っぱをちゃんと出せるかもわからなくて、花になる前に枯れちゃったらどうなるのかなぁって、とても心配なんだ。」 『ワッハッハ。 そりゃあそうともさ。 このチビスケに難しい話をしたってわからんさ。 そもそも、お前さんとその花は違うからな』 その時、元気な声が二人の話に割り込んできた。 びっくりして声の方を振り向くと、そこには。。 続く 🌸東京 晴れ 3℃ 今日もいい日に💕
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🌷チューリップ物語🌷その9 「あなたは良いわねぇ。まだこれから咲けるのだもの。 私は終わっていくわ。種をつけることもできずに、ただ醜くなって枯れていくのよ。あったものがなくなっていく悲しみ。。あなたにはわからないでしょうね。」 声の方を見ると、大輪のパンジーが咲いていた。花が終わり枯れかけているけれど、さぞかし美しかったろうと思わせる花だった。 さめざめと泣く花に、かける言葉もなくて、黙っている小さなチューリップ球根に、近くに咲くヒメツルソバが、小さな声でささやいた。 「あの花はとっても綺麗な花だったわ。そして 私たちを見て、醜い雑草に生まれて残念ねって、言われたりもしたわ。本当に心からそう思っていたんでしょうね。さんざんバカにされたわ。毎日たくさんの蝶や蜜蜂が彼女のもとを訪れて、綺麗な花だって誉めるから、毎日有頂天になってたのよ。きっと幸せだなって思うときもあったと思うけど、今は一人ぼっちで寂しいんでしょうね。あったものが少しずつなくなっていくって、寂しいもの。彼女の気持ちもわかるわ。 花はみんな咲いて枯れていくわ。花の時だけが美しくて価値があるんじゃないって、私は思うわ。ほら、あそこに咲いているツワブキの花を見てごらんなさい。」 小さなチューリップの球根が言われた方を見てみると、岩影にツワブキの花があった。 続く 🌸 東京 雨 5℃ 雨が降って、しっとりと暖かい朝です。 今日は👹節分。いよいよ春ですね❣️ 心のなかもさっぱりと、鬼を追い出したいですね😊
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