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sora の物語の一覧

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so.ra
soraの物語 🌿アガパンサスの咲く庭で🌿 その8 有貴ちゃんは続けた。 私ね、勉強なんか嫌いだったから、適当に行ける高校に行って、何となく働ける会社に就職できればいいやって思ってたの。 でも、高一の検診で心臓の異常が見つかって手術することになったの。心臓に小さな穴が空いてるから、そこを閉じる手術。そんなに難しい手術じゃないから、すぐに戻れるだろうって先生が言ってたから、軽い気持ちで入院したんだけどね。 有貴ちゃんは、ちょっと言葉を切って窓の外を眺めて、ふっとため息のように息を吐いた。 そうなのよね。あの時が始まり。手術は成功したの。でも、手術のためにした検査で、頬の辺りや舌に癌があることがわかって、心臓の回復をまって、今度は抗がん剤や放射せんの治療をすることになって。 知ってる?頬のあたり放射線治療をすると、唾液が出なくなちゃうのよ。食事をするのも、人と話すのも辛くて大変で。その頃は、友達もよくお見舞いに来てくれたけど、私が辛そうにしてて、あんまり話さないもんだから、だんだんみんな来なくなっちゃった。 唾なんて、そんなに意識してないでしょう?よだれでてる~!なんて、ふざけてたのにね。 深刻な話なのに、クスクスと笑いながら話していた有貴ちゃんが、急に真顔になってじっと一恵の顔を見つめた。 ねぇ、一恵さん。私辛い治療だったけど、すごく頑張ったのよ。それでね、治ったらあれを食べようとか、これを食べようとか、それがすごく楽しみにして。でも、治療が終わっても唾は戻らなかったの。何を食べてもぼそぼそなのよ。その時思ったの。毎日食べる食事をもっと楽しんでおけばよかったなって。 明日も普通に食べられるし、ダイエットとか、めんどくさいとかって、いい加減な食事してて。何てもったいないことしてたのかなって、食べられなくなって初めて気がついたの。 そして、私、自分のことで精一杯で、もっと大事なことに気がついてなかったの。 🌿
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so.ra
soraの物語 🌿アガパンサスの咲く庭で🌿 その7 足元に咲いてる蕾のアガパンサスに目を落とすと、少しの間何かを考えるようにしていた女性を、老婦人は優しく見守っていた。 蕾って良いですね。可愛くて、とってもパワフルで、そして咲いたらどんなに素敵だろうって希望がいっぱいつまってて。もう、命が限られてるっていうのに、夕貴ちゃんはこの蕾みたいに、いつもみずみずしくてキラキラ輝いてました。 老婦人は、アガパンサスの蕾ににそっと触れて言った。 そうね、私も蕾が大好きだわ。この花の頭巾を被ったような蕾をみるとワクワクするわ。その子はとっても素敵な方だったのね。 女性はコクりと頷くと、話を続けた。 初めて夕貴ちゃんの部屋にお邪魔したときに、窓辺に並んだ沢山の本に圧倒されたんです。そして、夕貴ちゃんはパソコンを打ちながら、本を広げて何か一生懸命勉強している風でした。 私が、邪魔しちゃたかなって帰ろうとしていたとき、顔をあげた夕貴ちゃんが私を見つけて嬉しそうに声をかけてくれて。 うわ~!一恵さん! 来てくれたの?嬉しい。 入って!入ってきて! って、それは嬉しそうに迎えてくれて、それから、体調の良い日は夕貴ちゃんの病室にいって、いろんな話をするようになりました。夕貴ちゃんは、私よりもっと辛い経験をして体もしんどいはずなのに、いつも明るくて前向きでした。 すごい本ね。 学校か何かの勉強? ううん、違うの。 私、末期だからね。もう学校に行けないし、残ってる時間を無駄にしたくないの。これは、私の未来への一歩なのよ。 きっと私、相当きゃとんとした顔をしたのね。夕貴ちゃんが声をあげて笑いながらこう言ったの。 末期の人が、未来への一歩って何?って思ったでしょう?そして、どんなリアクションしていいかわからなくて、その変顔。 そして、クックックと笑われて、私が慌てて自分の顔をさすったら、夕貴ちゃんはますます笑い転げて。。。しばらく笑ってから、真顔に戻って私の顔を覗き込むと、まだ笑いが残った顔で続けたの。 私ね。病気をする前は、ご飯はコンビニや菓子パンとか、ファーストフードばかりだったの。お母さんは赤ちゃんの頃になくなって、お父さんが育ててくれたの。時々2人で外で食事をすることもあったけど、お父さんの帰りは遅くていつも一人のご飯。慣れちゃってたから寂しくなかったし、自分のために料理するなら、買ったもので済ませた方が便利だし合理的って考えてたの。 🌿 艶々の帯のような美しい葉っぱと、ちょこんと顔を出した瑞々しい蕾のアガパンサス。過去picからですが、この時期のアガパンサスは、花の季節の始まり知らせる希望に満ちていて、大好きな風景です。
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soraの物語 🌿アガパンサスの咲く庭で🌿 その6 その時はわからなかったんです。死産って診断すると、病院は保健所に届けなくてはいけないってことがわかり、責任を取らなくても良いように死産と書くのを断わられたのかもって。 そして、職場は死産なら産休になるけど、流産だとそうはいかないって、申し訳なさそうに上司に言われて。私は療休も年休も使い果たして、体も回復しないまま仕事に戻ることになったんです。 痛みが続いていて痛み止を飲みながら、仕事に家事育児と本当に辛い毎日でした。 さらに念のために受けた検査で今度は癌が見つかって、手術をすることになりました。一方で、診断がついた事やこれでやっと原因不明の痛みから解放されるって、ほっとしてもいました。 でも、厄年ってあるんでしょうか?これでもかってくらいに、次々に新しい困難がやってきて。手術のためにお腹を開けてみたら、癌がお腹のあちこちに転移していて、取りあえず大きな癌だけを取って、快復を待って抗がん剤の治療をすることになったんです。 抗がん剤の治療は辛くて、治るかどうかもかけのようなものと言われて。なんで自分ばかりこんなに不幸が続くのって、すっかり落ち込んで笑顔もなくなっていきました。ほんとに、ドラマの主人公の様な、明るくて強くってわけにはいきませんね。 心のなかで真っ黒な雲が払っても払ってもわいてくるんです。はじめは、毎日夫や子供が来てくれたんですが、その頃の私は愚痴ばかりでしたから、そのうちに子供はあまりの顔を出さなくなり、夫も用をすませるとそそくさと帰るようになりました。辛かったんでしょうね。職場の同僚の見舞いも途絶えていきました。 ある日「2種類の抗がん剤を試したのに、癌が広がってます。違う治療を試しますか?」って医者に告げられて、私はもうこんな命って、自暴自棄になって、気がついたら屋上にいました。そこから下を見下ろして、落ちたら痛いのかな?そんなことを考えていました。 「いらないなら、その体頂戴よ。心臓も肝臓も腎臓も、みんな頂戴よ!」 そんな声がして驚いて振り向くと、学生さんのような若い女性がこちらを睨んでいました。 「飛び降りはダメ!臓器が痛むから。他の方法にして!」 そう言うと、その女性は隣まで歩いてきて、胸元を開けて私に見せました。 「ほらこれが私の勲章」 胸には生々しい無数の傷跡がありました。 「心臓も悪いし、癌もできたし、ずっと戦い続けてきたの。でも、もう打つ手がないんだって。だけど、私は最後まで諦めない。やりたいことがありまくりよ!いらないなら、その命私に頂戴よ!」 怒ってるような厳しい表情で、まっすぐ見つめられて、私はその場にヘタヘタと座り込んでいました。それはまるで空気の抜けた風船のようでした。 「情けないなぁ、さっきまでさっそうと飛び降りようとしてたくせに。」 その女性は笑いながら腕を取ると、ベンチまでひっばっていきました。 ベンチに座ると、さっきまでの厳しい口調とは変わって、人懐こい笑顔を見せて言いました。 「私は夕貴。5階の端っこの病室の住人よ。あなたは?」 その笑顔につられるように 「私は一恵」って名前を名乗っていました。 同じ階にいながら一度も顔を見たことがなく、不思議に思って尋ねると、絶対安静で部屋から出てはいけないと言われてるけど、点滴を抜いて、時々こうして屋上まで脱走してくるんだと言いました。 「一度ね、大きな箱のついた点滴引きずって、パシャまのままタクシーに乗って、コンビニまで脱走したこともあるの。いつものコンビニが百倍楽しかったし、大好きなシュークリームが美味しかったなぁ。帰ったら大騒ぎになってて、叱られちゃったけど、タクシーに乗ったことは内緒にしたの」 唇に手を当てる素振りをして、屈託なく笑う夕貴の顔は、重症患者とは思えない晴れやかな笑顔だった。 「あんた、そんなに暗い顔してて嫌にならない?美人なのに台無しね。お見舞いの人なんて、みんなはじめは同情したようなことを言ってくれるけど、そのうちうんざりした顔をしだすんだよ。あとは本人よりも落ち込んだ顔したりさ。結局、みんな自分の気持ちで精一杯だって気づいてさ、そしたらスッゴい孤独に押し潰されそうになったよ。改めて一人なんだって」 そう言うと、夕貴はパシャマのポケットからシュークリームを取り出して、半分を差し出した。 「こっそり一人で食べようと思ったんだけど、半分食べる?」 すっかり食欲がなくなっていた一恵だったが、手を伸ばして受けとると、口に頬張ってみた。 それは、舌の上にトロリと溶けてくる幸せな感触だった。 「不思議、初めて食べるみたいに何だか感動!」 「でしょう?やめられないのよこの快感。」 初めてあった人と、こんなに笑いながら打ち解けて話すことなかったなぁ、ましてやさっきまでの思い詰めた気持ちがどこかにいってしまったことに気づき、一恵は自分よりもはるかに年の若い夕貴の顔をしみじみ見つめた。 「やだ。なんかついてる?」 笑いながら唇のまわりをパシャマのそででふく夕貴に、2人で声を出して笑った。 その時、慌てたようすの看護婦さんが屋上のドアを開けてかけてきた。 「良かったぁ!見つけた、夕貴ちゃん。こら!脱走して!心配しちゃったよ。」 そう言うと夕貴を抱き締めたのだった。その目には光るものがあった。 「やれやれ、見つかっちゃったか。おやつタイムしてたのに、残念。さて、戻るか。 じゃあね!一恵さん、遊びに来てね!」 そう言って、手を振ると看護婦さんに伴われて歩く夕貴の足元は、心なしかふらついて見えた。 その日、夕貴ちゃんに会ったことが、私の転機だったの。全部ここに繋がってたのかって思うくらい、人生が変わったわ。 🌿
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soraの物語 🌿アガパンサスの咲く庭で🌿 その5 次の日に夫の付き添いで受診することになりました。職場に連絡したら、上司からは4ヶ月を過ぎてるから、死産証明を貰って来るようにとも言われました。 もう一度診察すると、医者は、驚いたことに、ずっと前に死んでたのでこれは死産ではなくて、流産ですって言ったんです。 「ずっと通ってたのに、ずっと前から死んでるって、流産ってどう言うことですか」って尋ねる私に、医者は「前から死んでるものは流産なんです。腑に落ちなくて、うちで処置するのが嫌なら他に行ってください」って。付き添ってくれた夫は、援護してくれるでもなく、今日処置してくださいと。そして、子供の世話があるから終わったら迎えに来ると、帰っていきました。 私は処置のあと、止血確認のため午後の診療まで3時間外来の椅子に座って待たされました。ボロボロの体と心に冬の待合室の固くて冷たい椅子が、凍えるほど冷たく感じました。熱も出していたのに、誰もいない待合室で時を過ごし、最後までとても冷たい病院だと思いました。 地域では評判の病院で、いつも混んでたから時々薬の間違い等も起きてたんですが、その時医者の言うままに信じていた自分を後悔しました。そして、もう、お腹にいない赤ちゃんにごめんねってずっと謝ってました。家に帰って眠ろう、眠ろう、ってそればかりを考えて心を支えている感じでした。 その時の私は、誰かに大丈夫って抱き締めて貰いたかったなぁって思うんですよ。そして、思いきって泣きたかったなぁって。あの頃にワープできたら、私を抱き締めてあげるのにね。 女性は婦人にウインクして、水筒の水で喉を潤した。 🌿
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soraの物語 🌿アガパンサスの咲く庭で🌿 その3 私ね、ずっと辛いことや苦しいことがありませんように。どうぞ毎日が穏やかでありますように、って神様に祈っていたの。辛いことや苦しいことがあったら、心は暗い泥沼のようになってしまって、弱虫の私はその後の人生はどれだけ悲惨だろうって。 それなのに、私ね、どん底を過ごしてきたけど、なんだか今はとっても心が軽くてマラソンを走り終わったときのような気持ち。とっても長い旅をしてきたみたいな不思議な気持ちなんです。 しばらく木漏れ日から降り注ぐ光を眺めて時が過ぎ、女性が笑顔で老婦人に話し始めた。 私が初めて入院したのは2年前の夏、ほんとに嵐のような日々の始まりでした。 その朝、子供を幼稚園に送って帰り道、路地から出てきた車にはねられたんです。自動車はそのまま走り去って、自転車ごと飛ばされて意識を失っていた私を、通りかかりの人が助けてくれて病院に運ばれたんです。 骨折はなかったけど血尿が出ていて、お腹を強く打ったからか腸が動かなくなって、見る間にお腹がパンパンに膨らんでいきました。実は、その時子供をお腹に宿していて、四ヶ月だったんですが、そんな状態でも子供の心臓は動いていて、妊娠中だからって思いきった治療はできなかったんです。 それでも、どんどん具合が悪くなって、このままでは命が危ないって言われて、主治医の先生から「まずは母体の命です。子供を諦めてください」って説明があって、やむなく同意したんです。モルヒネを投与して手術を前提に高圧浣腸をかけて。。そんな処置をしていたらお腹が動き出したしたんです。不思議と血尿も止まって、手術は中止になりました。そして、お腹の赤ちゃんも無事でした。私は痛みが引いてやっと体が楽になって、お腹の赤ちゃんも生きている、神様ありがとうって涙が流れました。 でも、それは嵐の始まりに過ぎなかったんです。 🌿
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soraの物語 🌿アガパンサスの咲く庭で🌿 その2 お母さ~ん! 道の向こうから男の子がかけてきた。母親の座ったベンチの正面に回ると、満面の笑みで顔を覗き込んだ。 あのね。お父さんがカブトムシを見つけたの!こんなに大きいのだよ!それで、近くのお店にケースを買いにいこうって🎵 すぐそこのお店だよ。お母さんも行く?すぐ近くだから、ここで待っててもいいよって言ってたけど。。 男の子の様子に母親も笑顔になって答えた まぁ、それはすごいわね。 ママは、久しぶりにお花を見ながら風に吹かれてみたいの。少しの時間なら、ここで待っていてもいいかしら? 男の子は、コクリと頷くと手に持ったシャボン玉の入れ物を母親に渡した。 これ、ママに貸してあげる。 シャボン玉作って遊んで待っててね! そう言うと、また、もとの道をかけて戻って行った。 男の子から渡されたシャボン玉の入れ物を持つ母の腕には、注射の跡らしい絆創膏が貼られていた。女性と目があい、2人はニッコリと微笑んだ。 お具合が悪かったんですか? 今日、退院したんです。 外の光がこんなに眩しくて、すっかり夏なんでビックリしてます。 優しい風が、ベンチに座る母親の白いスカートの裾をヒラヒラと揺らしいていく。 真っ白なアガパンサスが、緑の葉の海に白い雲を浮かべたように、あちこちでキラキラと光りながら揺れている。 🌿
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so.ra
soraの物語 🌿アガパンサスの咲く庭で🌿 その1 公園に続く道を アガパンサスの花が ゲートのように 並んで出迎えてくれる 春の若葉のしたで ぐんぐん育った緑の葉 春が終わる頃 花を包んだかわいい袋が 頭巾を被った子供のように 葉っぱの茂みを飛び出して かわいい顔を覗かせていた 長い雨の季節には 沈んだ気持ちを励ますように 夏の夜空を彩る 花火のような花を開いて ストローよりも細い茎が 花を支えてゆらゆら揺れる この花の名前を アガパンサスと知ったのは ついこの間だったのに 早いものね アガパンサスの咲くベンチに 座った老婦人が 庭に遊ぶ小鳥たちを眺めながら ポツリと呟いた 繁った枝から透けた光が 婦人の膝へ降り注ぎ いくつか並んだベンチの前では 小鳥たちがエサを探している 時おり聞こえる小鳥の声と 蝉の声に 静かに時が流れていく その時 お母さんらしい女性の手を引いて 小さな男の子がかけてきた ねぇ ここのベンチに座ろう ママ疲れたでしょう 座って良いよ 僕ね シャボン玉を見せてあげるから ストローを口にくわえると 男の子が作ったシャボン玉が 虹色に光りながら キラキラと風に乗って アガパンサスの花の間を 飛んでいく 少しすると 向こうから歩いてくる人影に 男の子が手を振りながら 駆け出した お父さ~ん ここだよ~! お母さんと呼ばれたその女性は 駆け出した男の子を見送ると 老婦人の方に顔を向け 軽く会釈をして 優しく微笑みながら 隣のベンチに腰かけた うるさくしてご免なさいね あの子には寂しい思いをさせてしまって 今日は嬉しくて はしゃいでいるんです 老婦人は優しく笑って 女性のほうに体を向けた とんでもない 綺麗なシャボン玉を 見せてもらったのなんて 何年ぶりでしょう 子供の声を聞くと 元気が出てきますよ 🐝🌺東京 晴れ 35℃ 今日の花 アガパンサス 大好きな花です 花に元気をもらって 新しい物語を書いてみようと思いました。 物語に出てくる花は、アガパンサスOnlyでいこうと思います。 物語と一緒にいろんな表情のアガパンサスの花も楽しんでいただけたら嬉しいです🎵 どんな話になるかは、これから書きながら考えます😁 良かったら、見てくださいね💖
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so.ra
🌸マーガレットの咲く道で🌸   その10 穏やかな陽射しのなかで、花に水をあげるおじいさんに、一人の女性が声をかけた。 『いつも、綺麗な花を見せていただいて、ありがとうございます。この花は、子供の大好きな花でした。いつか、花に傘をささせていただきまして。勝手なことをして、大変失礼しました』 あの、傘の坊やのお母さんでしたか。 おじいさんは、とんでもない。あの日の傘と手紙に、自分まで元気付けられたのだと、お礼をいった。 はじめて会ったのに、とても優しく話を聞いてくれるその女性に、おじいさんには珍しく、娘の事故とマーガレットの花のエピソード、そして、妻との約束など、いろんな話をしたのだった。 黙って聞いていた女性の目から、一滴涙が落ちた。 『あの子は白血病だったんです。症状が落ち着いて、しばらくの間学校に通うことができていたんですが。登校の途中の道にたくさんのお花がある家を見つけたと、とっても嬉しそうに話してくれまして、私もとても嬉しくて。 息子が病院から戻って学校に通えたのは、わずかに3ヶ月でした。また症状が悪くなって病院に戻ってから、あっという間に悪化して亡くなってしまいました。 あの雨の日は、子供の受診の日でした。また、症状が悪くなってしまい辛い治療が始まるのかと私は重い気持ちでした。 雨が降ってましたが、お母さんにも見せたいから、少し回り道だけどお花の道を行こうと息子が言い出して。息子に案内されてお宅の花壇の前を通って行ったんです。優しい子でしたから、息が苦しかったりだるさもあったと思うのに、どこかで私を元気付けたいなと思ったのかもしれません。 たくさんの綺麗な花が咲いていている花壇を見て、私もとっても慰められたんですよ。 そして、子供が言ったんです。僕が生まれ変わったらこの花になりたいな、そしたらきっと見つけてねって。 …私はきっと見つけると、約束したんです。 息子が亡くなってから、マーガレットはみんな子供に思えて、ますます大好きな花になりました。』 女性の言葉を、おじいさんも涙を流しながら聞いていた。 そして、女性にちょっと待ってもらうと、あの日のコウタ君の傘を持ってきた。そして、花壇に咲いているマーガレットの花を切り始めた。 この花を、息子さんにお供えしてください。花は、すぐにまた元気に咲いてきますから。前よりもっと元気に咲いてくれますから、心配はいりません。 腕一杯に抱えきれないほどの花束を受け取って、深々と頭を下げて、また会いに来ますねと挨拶して、女性は立ち去った。 女性は、花束を抱えて駅への道を歩いていたが、立ち止まりしばらく考えて、反対方向の学校へと歩いていった。 幸い、コウタ君が通っていた頃の担任の先生に会うことができた。女性は、今日の出来事を先生に伝え、コウタ君がいた教室に、もらった花の半分を飾ってもらえないかと手渡した。 コウタ君のお母さんから、おじいさんの思いや娘とのエピソードを聞いた先生も、感動しながらお礼を言って花を受け取った。 花を教室に飾ると、先生は今日、お母さんから聞いた話やコウタ君の話を子供たちに伝えた。先生の目からも涙が落ちた。先生の話を神妙に聞いていた子供たちは、そっと顔を見合わせた。 放課後になると、数人の子が下駄箱の前で何やら相談していた。 僕ら、悪いことしちゃったなぁ。 うん、あのおじいさん、優しい人だったんだね。 ねぇ、謝りに行こうか? えー、勇気ないよ。 それなら、本当に花をみんな切っちゃったのか、見に行くだけでも。 そんな相談をして、子供たちはおじいさんの花壇を見に行った。今朝まで咲いていたマーガレットは、みんな葉っぱだけになっていた。 ほんとだね。 花を切っちゃって悲しくなかったかな。大切な花をくれたんだね。花がなくなって大丈夫だったかな。 そんなことを言いながら、今日先生から聞いた話とおじいさんの顔を思い出して、みんなは顔を見合わせた。 次の日から、登校する子供を見送るおじいさんに、子供たちから挨拶をするようになった。 何があったんだろう? はじめは不思議に思っていたおじいさんも、笑顔で挨拶を返すうちに、子供たちとも仲良くなっていった。子供たちから話を聞いた家の人たちも、おじいさんに挨拶をするようになって、今や朝や夕方のおじいさんの家の前は、たくさんの笑い声に包まれるようになった。 門の入り口には小さな椅子が2つ置かれた。 時々、友達と喧嘩した子供たちが、花を見ながらおじいさんに話をしに来る。今もちょっぴり恥ずかしがりのおじいさんは、黙ってにこにこと話を聞くだけだけど、子供たちはそんなおじいさんが大好きで、おじいさんを 『花じい』 と呼ぶようになった。 マーガレットの咲く道で お客さんがいない日は 小さな蝶が訪れて おじいさんの椅子に座っていく 綺麗だね 可愛いね 蝶の言葉に 白いマーガレットが ピンクに変わるところを あなたはどこかで見たかしら 🌸マーガレットの咲く道で    ~END~ 最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました❣️
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🌸マーガレットの咲く道で🌸   その9  桜を散らす強い風 細い茎が花を支えて 花びらが風に羽ばたく 飛び立っていくような 桜吹雪の中の紫の蝶の群れ      桜並木の下を、一面に埋め尽くすムラサキハナナ。 妻が亡くなってから、不思議とあちこちの花に目が行くなぁ、そんなことを思いながら歩く道。 『お前、お前はきっと私が歩く道の、あちこちの花になって咲いてるんだね。どの花を見ても、みんなお前に思えるんだよ。どんな手品を使ってるんだい。 あの日、お前とした約束を、ちゃんと守っているよ。 花の世話をすることも ちゃんとご飯を食べて、元気でいることも 登校の子供の見守りは、できたら続けて欲しいと言ってたね。 大丈夫続けているよ。  そして、できるだけ子供たちに笑顔を、ってお前の注文も頑張ってる。たまに一人ぐらいは笑いかけられるようになったよ。  まぁ、だんだんさ』    空を見上げたおじいさんの顔に、風が運んだ花びらがヒラヒラと舞い落ちる。 花があったから、こんなに穏やかな気持ちでいることができたなぁ。そんなことを思いながらまた歩き出す。 微かに漂う花の香り。今年生まれた蝶が、あちこちの花壇をヒラヒラと舞うように飛んでいる。 🌸 
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🌸マーガレットの咲く道で🌸   その8 いつも素敵な花を見せていただいて、有り難うございます。雨で、花が折れないようにと息子が心配して、傘をささせていただきました。勝手なことをして申し訳ありません。 (母) ぼく、このはながすごくだいすき! おはなのみちが、すごくすき! いつもありがとう。 また、おはなをさかせてね。 ぼくのかさは、おはなにあげるよ。 あめにぬれないように、おじいさんがさしてもいいよ。じゃあ、げんきでね。(こうた) 傘には『たなかこうた』と名前が書かれていた。そして、添えられていた手紙。 思いがけない花への思いやりと、優しい手紙。その手紙は亡くなった娘からの手紙のようにも思えて、おじいさんの心を沈ませていた思いが涙のなって流れ落ちて、不思議と心が軽くなっていくように思えた。悲しみで塞ぎ混んでいた毎日、しばらく忘れていた暖かい気持ちに触れて、娘の笑顔が心に浮かんで、頑張れ!って言われているような気がしたのだった。 こうたくんか。 大好きってことばがこんなに嬉しい言葉だったとは。花を育てる喜びを、いつのまにか忘れていたよ。すまない。これからは、大切にしていくよ。 おじいさんは、涙をぬぐいながら、手紙を大切に畳むと仏壇にそなえた。 それからしばらくして、入院していたおばあさんが亡くなった。亡くなる数日前に、おじいさんはおばあさんと約束をした。 🌸
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🌸マーガレットの咲く道で🌸   その7 病気のお母さんに頼まれて、お父さんがマーガレットの花の世話をするようになった。朝の子供たちの登校も見守るようになった。けれども、お父さんは、日に日に病気が悪くなるお母さんの心配で、心配でたまらなかった。 可愛い娘はもういない。あんなに元気だった妻も、重い病にかかってしまい、もしかしたらひとりぼっちになってしまうかもしれない。そんなことを考えては涙がこぼれそうになる。学校へいく可愛い子供らの姿を見送っていても、亡くなった我が子が思い出されて泣きそうになる。そんな気持ちを隠そうと、咳払いをしてみたり、ふん!と言ってみたり。 お父さんは、以前のように、花に話かけることもなくなり、水をあげていてもどこか上の空だった。 その朝は、激しい雨が降っていた。お父さんは、風邪ぎみで体調も悪く、今日は雨だから水やりは要らないだろうと外に出ることもなかった。 その朝、マーガレットの花壇の前を、男の子がお母さんと通りかかった。 お母さん、可愛いね。 たくさん咲いてて綺麗だね。 何だか嬉しくなってくるね。 雨だけど、みんな咲いてて、笑ってるみたいだ。 僕ね、今度生まれてくるときはこんな花になりたいなぁ。こんな花になったら、お母さん僕を見つけてくれる? もちろんよ。きっと見つけるわ。そういって、お母さんは男の子の手をぎゅっと握った。 そんな話をしながら、ふと見てみると、強い風雨で折れてしまった花が何本かあった。 お母さん、大変だ! こんなに折れちゃってるよ。 もうだめになっちゃう? そうだ!。僕の傘をお花にさしてあげようよ。 ねえ、お母さんいいでしょう? 男の子の申し出に、家の人の許可をもらおうと探したが、人の気配もなく、男の子のビニール傘を、折れた花を守るようにフェンスに結ぶと、小さなメモを添えて二人はその場をあとにした。 翌日、雨がやんで外に出てみるとマーガレットに傘がさしかかられていた。お陰で強い雨風の中も花は元気に咲いていた。 どなたか知らないが、ありがとう。悲しみで心が一杯で、花のことなぞ上の空だった。大事にしていた花なのに。 食卓に飾られた小さなマーガレットの花、そしてかさと一緒に結ばれていた一枚の手紙。 おじいさんは手紙を手にして泣いていた。 🌸
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🌸マーガレットの咲く道で🌸   その6 その日から、お母さんはマーガレットを育て始めた。たくさん本を買って勉強もして、マーガレットは冬を越えてすくすくと育っていった。 お父さんとお母さんは相談して、家の前に花壇を作り、マーガレットを挿し木で増やし、見事な花壇に育った。他にもたくさんの花を植え、花壇はいつもたくさんの花で溢れていた。  道を通る人たちが、花の美しさに目を止めてお母さんに話しかけ、やがて子供たちも挨拶をしてくれるようになり、二人の毎日は少しずつ明るさを取り戻していった。 『ねぇあなた。あの子の残してくれた花のご縁で、たくさんの人が私たちに声をかけてくれるようになって、子供たちともお話ができるようになったわね。有り難いわねぇ。』 本当にその通りだなぁ、お父さんも目を細めて、花壇のマーガレットを愛しそうに眺めるのだった。 登下校の子供たちを見送るようになり、子供たちもいろんな話をしてくれるようになり、いつしかそれが二人の楽しみになっていった。 雨の日も風の日も雪の日も嵐の日も、お母さんは子供たちの見送りをした。 『今日はひどい嵐だ。風邪をひいたら大変だから、休んだらどうだろう』 時々、お父さんが声をかける。    お母さんは『こんな日だからこそ、見送りが大切なのよ』 と笑いながら答える。 毎日そうやって、子供たちを見送って何年も時が過ぎた。 そんなある年、お母さんに重い病気が見つかった。入院したお母さんの代わりに、お父さんが花の世話をしたり、子供たちの見送りをするようになった。 🌸
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🌸マーガレットの咲く道で🌸   その5 うなずきながら黙って話を聞いていた用務員さんが、やがて口を開いた。 良かったら一緒に来てくれませんか? 歩き出した用務員さんに連れられていったのは、グランド脇の斜面に広がる花畑だった。そこには一面に見事なマーガレットが咲いていた。 綺麗でしょう。お嬢さんと僕で作った夢の花壇なんです。いつか、手伝いに来てくれたお嬢さんの前で、咲き終わったマーガレットを捨てようとしたら、捨てるならちょうだいって言うんです。 どうするのって聞くと、お花畑を作るのって。 お嬢さんは『大人なのに知らないの?花はね終わるときは、また始まるときなのよ』って。 私が、誰かに聞いたの?って尋ねると『ちゃんと、花を見てたらわからでしょう』って、言われちゃいまして、私の方が教えられましたよ。 そして、一面に咲いたハルジオンの秘密の花畑の話をしてくれましてね。そんな花畑を作ろうと、いろいろ校内の場所を探しまして、ここになら誰にも掘り返されずに花畑ができねと、二人で育て始めたんです。  去年、植えた花がこんなに立派になりましてね。お嬢さんは、いつかこの花畑をお母さんに見せるんだと、それは楽しみにされてました。 事故にあう数日前に、もうすぐ誕生日のお母さんにこの花をあげたいなと、それは楽しみに毎日来て世話をされてました。花が満開になったら、お母さんに花束にしてあげてもいい?と聞かれまして、一緒に花束を作る約束もしてたんですが。  あの前日に一輪咲きそうな花を見つけて、『咲くかな、咲くかな?』と私に何度も聞いてこられてました。 あの日、きっと、登校してからこの花畑を見に来たんじゃないかなと思うんです。そして、一輪開いた花を見つけて、嬉しくて大急ぎでお母さんの誕生日のプレゼントしようと家に引き返したんじゃないかなと。  私がこんな風に申し上げたら叱られるかもしれませんが、お嬢さんは、死ぬ前にお母さんの誕生日をお祝いすることも、大切に育てた花をお母さんに渡すこともできて、きっと良かったなぁって思ってるんじゃないかなと。だからもう、それ以上自分を責めないでください。 『あの子がこの花畑を育てて、それで花を摘んで。私は、この花さえ持ち帰らなければ、そんな思いで花さえ見ることもできないでいました。あの子にしかられちゃいますね。今、あの子の顔が花の向こうに見えたような気がしました』 用務員さんも頷いた 『私にも、見えたような気がします。お母さん、どうですか、この花を持ち帰って育ててくれませんか?』 そういって、用務員さんはマーガレットを一株掘り起こすと、鉢に入れてお母さんに渡してくれた。この花を見るたびに、お嬢さんの笑顔を思い出して、元気を出してください。 ずっと泣き通しのお母さんの涙は、今は暖かい涙に変わっていた。 空にはピンクの花を一面に広げた桜が咲いていた。深々とお辞儀をして、花を大切に胸に抱かえてお母さんは家路へ向かった。 🌸 今日のお花 イベリス
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🌸マーガレットの咲く道で🌸   その4 学校は春休み。満開の桜の下を、お母さんは娘の荷物を取りに学校へと出かけていった。残された荷物を渡しながら、先生が一枚の写真をくれた。   泥だらけの手を開いて、花盛りの花壇の前に見知らぬ男性と満面の笑みで写った写真。 用務員さんなんですよ。 みんなに好かれる活発なお子さんでしたが、とても優しくて、よく用務員さんの花壇の手入れを手伝っていて、二人でニコニコととても仲良しでした。これは、理科の記録写真を撮ってるときに見かけて、記念にって撮ったものなんです。良かったら持っていてあげてください。 娘の写真の写真の隣に写っていた人は用務員さんと聞いて、お母さんは用務員さんに、ひとめお会いしてお礼を伝えようと思った。先生に聞いて、裏庭で花の手入れをしている用務員さんを探した。 その日は桜の花が満開の、少し汗ばむ陽気だった。汗をふきながら花壇の世話をしている男性を見つけて、お母さんはためらいながら声をかけた。 娘がお世話になりまして、、。 その男性は娘の名を告げると、被っていた帽子をとって深々と頭を下げた。 『お嬢さんが事故で亡くなったことを知って、私も悔しくて悲しくてなりませんでした。お母さんもさぞかし辛い思いをなさったことでしょう。お嬢さんはとっても優しいお子さんでした。花壇で草をとってる私のところに来ては、学校であったことをいろいろ話しながら、手伝いをしてくれました。私も自分の孫ように可愛くて、いろんな話を聞く時間が楽しみでした。』 お母さんは、あの朝娘の身に起きたこと、マーガレットを學校から持ち帰ってくれたことを話して、娘に優しく接してくれたお礼を伝えた。 『あの日から、私の時間は止まってしまったみたいです。娘が私に花を持ち帰らなかったら、駆けて帰ってきた娘を学校まで送っていたら、そんな後悔ばかりが心を離れないんです。誰にも見つけてもらえず、苦しんでいた娘を思うと、今でも悲しくて悔しくて。』 涙を浮かべて話すお母さんに、優しく耳を傾ける用務員さん。誰にも言えなかった胸の思いを伝えるうちに、あとからあとから涙が流れてくるのだった。 暖かな春風が通りすぎ、二人がしゃがみこんでいる花壇の上から桜の花びらがヒラヒラと蝶のように舞い落ちて、 まるで空から、心に積もった悲しみを流していくようだった。 🌸
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🌸マーガレットの咲く道で🌸   その3 二人には子供がいた。それは可愛い女の子。 小さな頃は好き嫌いが多くて、なかなか大きくなれなかったが、小学校に上がってからは、仲良しの友達ができて、あちこちと駆け回り、ご飯もおかわりをするようになり、ぐんぐんと大きくなった。 小学校3年の頃には、なかなかのわんぱくで木登りもするし、時々は男の子も泣かしたり。 優しいところもあって、学校帰りには、野の花を摘んで『はい、これ!』って、照れたようにお父さんに渡すのだった。 3人は、休みの日になると、桜並木の続く土手を手を繋いで散歩した。花を飛び回る蝶のように父と母の間を、行ったり来たり散歩する時間が、みんな大好きだった。 それは、桜がもうすぐ満開という3月の終わり、その日は雨が降っていた。学校へ子供を送り出してから、しばらくして息を切らして娘が駆けもどってきた。 『どうしたの?何か忘れ物?』 『あのね、大切なことを忘れたの。 今日はお母さんの誕生日。これ、学校の花壇から持ってきたの。お母さんに、誰よりも一番にお祝いを言いたくて。お誕生日、おめでとう!』 そういって女の子は、ピンクのマーガレットを一輪差し出した。 『まぁ、有り難う。可愛い花ね。でも、学校の花を勝手にとってはダメなのよ』 『大丈夫なの。これはね、用務員のおじさんの草むしりをお手伝いしたときにお礼にって、小さな株を貰ったの。それから、内緒で私用の植え木鉢で育ててたのよ。お母さんのお誕生日をお祝いしようと思って!うふふ、じゃあ、言ってくるね。』 そういうと、傘をさしてまた雨の中へと駆けていった。 ありがとうを言う暇もなく、女の子が角を曲がる姿をみおくると、お母さんはマーガレットを胸に抱き締めて『ありがとう』と呟いた。テーブルの一輪挿しに可愛く揺れるマーガレット。 今日は素敵な誕生日。 今夜は何を作ろうかな、花を眺めながら、お母さんはニコニコと。 それからしばらくして、電話の音が鳴り響いた。 今度は忘れ物何かしら?。 笑いながらお母さんが電話に出ると、電話の向こうからは、緊張した女の人の声が聞こえてきた。 『お母さんですか?落ち着いて聞いてください。娘さんが事故にあいました。すぐに来てください!』 なんてこと!頭がぐるぐるして、心臓の鼓動が聞こえるほど大きく打っている。 『落ち着くのよ!落ち着くのよ!』声に出して自分に言い聞かせながら、お父さんに電話をすると傘をさして家を飛び出した。 その日は強い雨が降っていた。校門の少し手前の道で、女の子は車にはねられた。女の子を引いた車は逃げてしまい、女の子が倒れていたところを、近所の農家の人が見つけたのだった。 『お気の毒に、もう少し発見が早かったら。。雨が降っていたし、堀に落ちてしまったんで、発見が遅れてしまったんです。この子の傘が近くに落ちていて、拾おうとした人が気づいて発見してくれたんです。お子さんはおなくなりになってます。』 子供の変わり果てた姿を見ても、どこか夢の中にいるような、頭の中の時が止まってしまったような感覚で、お母さんは我が子の顔をのぞきこんだ。 女の子の体は、びしょ濡れで毛布に包まれていた。さっき薔薇色に上気して学校からかけ戻ってきた我が子なのに、今は人形のように真っ白で目を閉じて寝ているようだった。飛ばされて道路脇の堀の中に落ちてから、しばらく意識があったのか、その手に道のわきに咲いていた野の花を握っていた。 『しっかり花を握っているから、手を開いてとろうとしたんですがあまりに固く握っていて開かないので、そのままにしていました』 お母さんは子供の両手を震えながら包むように握った。その時、固く握っていた手が開いて、女の子の手から花が一輪こぼれ落ちた。 『ハルジョン』 この花が好きなのよ。 お母さんにあげるね。 私の秘密の場所にたくさん咲いてるの。真っ白なすっごいお花畑、本当に綺麗なんだよ。 いつか見せてあげるね。 そうだ、この花。    いつか娘が話してくれた。 花畑に私を連れていってあげると。 そう思ったら、一気に現実が押し寄せて、お母さんは我に戻った。そして、子供の名前を叫ぶように呼びながら娘を抱いて泣き崩れた。 車にはねられたことも 誰にも見つけてもらえずに、冷たい堀の中に落ちていたことも  何で今このタイミングなの どうしてこんなことになってしまったの ごめんね 痛かったね 苦しかったね 見つけてあげられなくて ごめんね なのにあなたは 死ぬときまで花を 泣いて泣いて 涙が出なくてなっても まだ泣けてくる 桜の季節に 二人の娘は空へとのぼっていった  心にぽっかり穴のあいたまま 時が過ぎていく 🌸
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【瑠璃の冬の物語】   ~エピローグ~ 私は帰る 長い旅路を 散り散りになった 心の欠片を 拾い集めて 懐かしいふるさとへ 空に春を告げる春雷 雨がときを告げて 枯れた大地を起こしていく 長い眠りから解き放たれて うずくまっていた体を 空へ伸ばす ほとばしる いのちの力を込めて 弾けるように芽吹く 全ては自分に帰る旅 さぁ 新しい始まりのとき 生きている喜びに包まれて 歩きだそう 🌸東京 雨 10℃ 強い雨と春雷が轟いています。 今日、3月13日は魚座の新月。 浄化の新月だそうです。 激しい雨も雷も、浄化の一翼を担っているかのようですね。 地球の、シアノバクテリアから始まった40億年のいのちの旅。体にミトコンドリアを持つことや、植物が酸素を作ってくれること、そんないのちの旅の動画見て素敵な余韻が残りました。全てのいのちの中に、40億年の歴史が入っている。私たちは周りを素晴らしいいのちの世界に囲まれて、支えあっているんだなって、いのちの総てを尊いなって思いました❤️よろしければ、動画のサイトは↓から https://youtu.be/u8-Vzpx26b0 今日もよい日に💕 写真は過去pic から 🌸よろしかったら、物語を【瑠璃の物語】【瑠璃の冬の物語】の下のタグからご覧下さい。
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【瑠璃の冬の物語】その27 弥彦は、瑠璃が突然いなくなってから、毎朝村外れの鎮守の社に、瑠璃の無事を祈って詣っていた。 その朝も、幼い健をつれて参拝に行こうとすると、向こうから歩いてくる人の姿があった。 裸足だが、女の姿だった。背格好は瑠璃のようにも見える。もしや、幻を見ているのか、そう思って目を凝らすと、なんと!それは、紛れもない愛する瑠璃の姿だった。 弥彦は胸が高鳴った。 瑠璃は、鎮守の森の社の向こうから、手を降ってかけてくる親子連れの姿を見た。小さな子供の手をひいて、自分に手をふっている。 まさか!まさか! あぁ、一日も忘れたことはない、弥彦の姿、あの幼い子供は健の姿!無事でいた、大きくなって!瑠璃も駆け出した。 昇り始めた朝日さす丘を、弥彦と瑠璃が互いにかけよった。 「どうして、あなたはここに?」 二人の口から、同じ言葉か飛び出した。 同じときに同じ場所で再び巡りあう、そして何よりも生きていた、その奇跡に、再会に、二人は続く言葉もなく、ただ互いを見つめそして抱き締めた。 あとからあとから、とめどなく溢れる涙。互いの名を呼びあいながら、二人は再開を喜びあうのだった。 手を繋いで丘の道を家に帰って行く、瑠璃と弥彦。三人を祝うかのように、丘のわきには花が咲き乱れ、山鳥が朝の歌を賑やかにさえずっている。緑が増した草原を、光を受けてキラキラと光りながら風がわたっていく。 どんなときも幸せを信じて生きるんだぞ、いつか聞いた父さまの声が、ふと風にのって聞こえたように思った。 そして、母さんよかったね! そんな太一の明るい声も聞こえたような気がした。 「そうね、父さん、太一。 いろんなことがあったけど、全ては私に戻る道だったわ」 瑠璃はそっと呟くと、小さな健の手を握り弥彦と顔を見合わせて、微笑むのだった。 終わり❤️ 花は、庭に咲き始めた沈丁花です。とても優しい香りが漂っています。一番に春を知らせて、幸せな気持ちにしてくれる花😊 瑠璃を花に例えるなら、きっとこんな物静かだけれど香り高い花なのかなって思い、物語の最後の一枚に選びました。 瑠璃の冬の物語を、お読みくださってありがとうございました。『冬』をテーマに人の心の醜い部分、苦しく辛い人生も、あえて書いてきました。 波乱の人生を歩んできた瑠璃の生きざまが、読んでくださった皆様のどこかでお力になれていたら嬉しいです。 人生の冬の物語への挑戦に、私も心が折れそうになりながら、皆様の言葉やいいねに支えられて、最後まで書くことができました。ありがとうございました💞 3月11日の震災から10年、苦しみと悲しみを越えて、私たちみんなでひとつになってこれからの日本を作っていくだって、思いを新たにしました。たくさんの実りをもたらす木もはじめは一粒の種。どんな一歩も大切な一歩、みんなと歩む道を大切に生きたいと思いました❤️(祈り)
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【瑠璃の冬の物語】その26 僕のいた世界から母さんの世界が見えた。母さんがとても辛い想いをしているときに、母さんを助けることができなくて僕は本当に辛かった。 あの崖から母さんが落ちるときに、僕の代わりに龍神が母さんを抱き止めて助けてくれた。 母さんを助けてあの不思議な世界に連れていってくれたのは、龍神なんだよ。 この世界にはたくさんの時空があって、それが交わる瞬間がある。その時母さんのもとに行って助けることができる。僕は、ずっとその時を待っていたんだ。そして、やっと今日、母さんのもとに来ることができたんだ。 ねぇ、母さん。 母さんは、あの穏やかな世界にずっといることもできたんだ。でも、愛する人と生きるために、辛くて苦しいことも多いけど、もう一度この世界で生きることを決めたね。 僕は、神様と出会ったときに、神様の元で使命を果たして、時が来たら母さんや父さんの元に帰ることを願った。そして、今日その時が来た。 神様は、僕にこの世界へ帰ることも、神様の世界に留まることも、選んで良いんだと言ってくれた。そして僕は、母さんが選んだように、この先の道を選んだんだ。 今も母さんや父さんを心から愛している。みんなと一緒に野山をかけて生きていた世界に帰りたいとも思う。でも、今は、それ以上に僕でなくてはできないことをやりとげたい気持ちなんだ。母さん、僕は神さまの世界に戻るよ。 母さん、心から大好きだよ。 そして、父さんに会えないのは、とっても残念だ。でも、もうすぐ時空が交わる時間が過ぎてしまう。僕は、あの鳥に乗って、神さまの世界に帰らなくちゃならない。ほら、鳥が迎えに来てくれたよ。 太一がそう話す空に目を向けると、満月の下を、真っ白な鳥が彼方から飛んで来るのが見えた。 太一はもう一度強く瑠璃を抱き締めると、立ち上がった。 月明かりに照らされるその逞しく立派な姿を見上げて、瑠璃も静かに立ち上がった。 「母さん、僕は母さんのもとに生まれて幸せな人生だった。この世界で過ごした時間も、辛いことも苦しいことも、みんな大切なものだった。ありがとう母さん。僕たちはきっとまた会えるよ。見えないけれど、どこにいても絆はちゃんと繋がってるからね。どうぞ父さんや僕の弟と幸せに生きて下さいね」   そういうと、太一は白い鳥の背中にひらりと飛び乗り、「母さん、元気でねー!」と大きく手を降りながら空の彼方に去っていった。 太一に助け出されて過ごした時間は、わずかな時間だった。けれど、それは瑠璃にとって時が止まったような永遠とも思える時間だった。喜びも愛も悲しみも感謝も。。たくさんの言葉にならない想いが胸に溢れて、瑠璃はただその想いを愛おしく太一の言葉をかみしめ涙を流した。 「ありがとう太一。元気でねー!」瑠璃の声が白い鳥の姿を追いかけて山々にこだまする。 鳥に乗って太一が飛び去った空に、瑠璃はいつまでもいつまでも手を降り続けていた。 やがて月は少しずつ白み、山の稜線から一筋の光がさしてきた。その光を受けて、瑠璃の握った手のひらから、縄が砂のように溶けてさらさらと落ちていった。 瑠璃は深く息を吐き、そして空を見上げて息を吸い込むと、懐かしい我が家をめざして歩き始めた。 続く 🌸よろしかったら、物語を【瑠璃の物語】【瑠璃の冬の物語】の下のタグからご覧下さいね。
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so.ra
【瑠璃の冬の物語】その24 来る日も来る日も、終わりのない辛い毎日に、いっそ死んでしまいたい、そう思うこともあった。けれど、いつか父さんや母さんの所に戻りたい。そう考えて僕は頑張ったんだよ。 そのうちに、僕は不思議な力が身についたんだ。心で鳥と話ができるようになったんだ。 瑠璃は、もう泣いていなかった。自分の生きた日々よりはるかに苦しい時を乗り越えてきた太一の言葉を、一言も聞き漏らすまいと、体いっぱいに耳をすまして聞いていた。 鳥たちも僕と同じように苦しんでいた。そして、せめて大空を見たいと思っていた。その、悲鳴のような想いを毎日聞いているうちに、僕はいつか鳥たちとここを抜け出そうと考えるようになっていったんだ。 母さん、自由ってなんだろうね。目に見えるものが全てじゃないし、見えないものの方が、とても大切だったりするんだってその時に思ったんだ。どんなに辛いときも、心を縛られずに自由にいるのはどうしたらいいのか、そんなことを考えもしたんだよ。 そして、人だけが想いを持ってる訳じゃないってことも初めてわかったんだよ。心で繋がってみて、人も鳥も植物も、みんな自由な意思をもって同じ時を生きてるんだって、わかるようになったんだ。 そして、そんなある日、旅先で神社に立ち寄ったんだ。 続く 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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【瑠璃の冬の物語】その23 太一が思い出すように、遠くを見つめながら話を始めた。 あの日、いつものように、山に遊びにいったんだ。村外れの鎮守の森に行って、小鳥やウサギを追いかけて遊んでいたんだ。そしたら見慣れない男たちが来て、僕を捕まえると縛りあげて連れられていったんだ。 僕が連れられて行ったのは、旅の見せ物の一座で、僕は猛獣使いを仕込まれたんだ。泣いたり嫌だというと、鞭で打たれたりおりに閉じ込められたりしたから、生きるために必死で何でも覚えた。 父さんや母さんのもとに帰りたい、神様助けてって毎日祈っていたけど、助けは来なかった。火のなかをくぐる芸当や剣を操って踊ることも教えられた。僕くらいの子がたくさんいたけど、死んでしまった子もいたよ。僕はひたすら生きて、父さんや母さんの所へ帰ることだけを考えて生きぬいてきたんだよ。 太一の話を聞いて、瑠璃はわなわなと震えた。 「なんてひどいことを」さっきまでの喜びは消えてしまい、怒りが胸にこみ上げた。 大丈夫だよ。頷くと、太一は続けた。 僕は、辛いときに小鳥の声を真似て口笛を吹いてたんだ。それは、昔母さんから教わったね。そして、僕が小鳥を呼んだりできることに座長が気がついて、僕に鳥を操って芸をさせることをするように命令したんだ。僕は小さかったけど、翼を広げれば僕の体よりも大きな鷹や鷲に芸をさせたんだ。炎の輪をくぐらせたり、剣を持って踊って綱から飛び降りて鳥の背に乗ったり。やることは死と隣り合わせの芸だったけど、僕は覚えてやり抜いた。そして、そのうちに、僕の芸は一座の看板になって、たくさんのお客さんが来るようになったんだよ。」 続く 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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【瑠璃の冬の物語】その22 太一と瑠璃を乗せた鳥は、やがて大地へ降り立った。二人を下ろすと、再び鳥は大空へと飛び去った。 まぶしい太陽の光と思っていたのは、空にかかる月の光。長い間の地下の生活で、瑠璃の目には月の光もまぶし過ぎるほどだった。 「昼間かと思っていたら、夜だったのね。ここはどこなの?」 瑠璃は辺りを見回しながら太一に尋ねた。 「僕たちが住んでいた家の先にある鎮守の森の奥だよ。母さん、もう一度母さんに会えて、本当に良かった。生きていてくれて良かった」 太一が声をつまらせていった。 「今も信じられないわ。これは夢じゃないわよね。あなたがこんなに立派に成長して、私の前に帰ってきた。そしてあんなに大きな鳥を操って助けに来てくれるなんて。」 今にも消えてしまうのではないか、そんな想いを抱きながら、瑠璃は目に一杯に涙を浮かべながら、太一の肩に恐る恐る手を伸ばした。 「もっと早く迎えに来れたら良かったんだけど、どうしても時を待たなくてはならなかったんだ。」 肩においた瑠璃の手に手を重ねて、太一は瑠璃を抱き締めた。「かあさん、痩せたね。とても苦労したんだね」 瑠璃を見つめる太一の目からも涙が止めどなくこぼれた。 「あなたがいなくなってから、毎日毎日、山のなかを探し回ったけど、あなたは煙のように消えてしまった。とても悲しくて辛い気持ちで毎日を過ごしていたのよ。あれから、あなたのことを一日も忘れたことはなかった。 あなたにいったい何があったの。」 とても信じてもらえないかもしれないけど、僕は不思議な体験をしたんだ。 空にかかる満月をあおぎながら、太一が話を始めた。 続く 🌸よろしかったら、物語の一話【瑠璃の物語】二話【瑠璃の冬の物語】は下のタグからご覧下さいね。
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