荻窪三庭園の内 大田黒公園と荻外荘にお邪魔しました〜🍁
ある番組で取り上げられたばかりで、少し混んでいました😅
まず大田黒公園
大田黒公園
大田黒公園は、音楽評論家 大田黒元雄(1893-1979)の屋敷跡を杉並区が回遊式日本庭園として整備し、1981年に開園しました。樹齢百年を超えるイチョウ並木やもみじなどの紅葉の時期には、多くの人が訪れます。
敷地内にある西洋風建築物は1933年に大田黒氏が仕事部屋として建てたもので、現在は記念館として公開しています。大田黒が愛用していた スタインウェイ社の1900年製造のピアノなどが展示されています🎹
イチョウ並木
竹林
黄色と赤色
池に映る紅葉
次は荻外荘へ
近衞文麿の旧宅「荻外荘(てきがいそう)」
荻外荘は、東京帝国大学医学部教授にして大正天皇の侍医頭も務めた医学者 入澤達吉の別邸「楓荻荘」として、入澤の義弟であった建築家 伊東忠太の設計により、昭和2(1927)年に建てられました。政治家 近衞文麿に譲渡されたのは昭和12(1937)年のことでした。
「荻外荘」の名は、近衞の後見人であった元老の西園寺公望が命名したものです。昭和戦前期の政治の転換点となる重要な会談が数多く行われた場所として、平成28(2016)年3月に国の史跡に指定されました。
近衞文麿は 藤原摂関家嫡流の近衛公爵家の長男として生まれ、昭和戦前期に内閣総理大臣を三度務めました。日米開戦後は 戦争の早期終結に奔走しますが、終戦後にGHQより逮捕令が発せられ、出頭期日の昭和20(1945)年12月16日早朝に荻外荘の書斎で自決しました。
応接室
中国風の意匠でまとめられた部屋。天井には龍が描かれた4枚の天井画が貼られている🐉
お洒落な窓枠①
お洒落な窓枠②
第二次近衞内閣組閣時の昭和15(1940)年7月19日に『荻窪会談』が行われた客間。
近衞文麿着用 大礼服。
ここは生活用具が保存されていた蔵。
大礼服の説明📝
中庭
南天
ホトトギス
橙
タムケヤマモミジ
クチナシの実
もみじ
秋の荻窪さんぽ🐾 お疲れ様でした🚶♀️
12月も 皆様が平穏に過ごせますように😌
うわ〜、もみじがめっちゃ真っ赤で綺麗です🍁♥️
その当時にタイムスリップしました⏱
オサレな窓枠(*´ω`*)
今年もまた香嵐渓の紅葉は見れずでしたのでいい所に連れてってもらいました(*´艸`*)うふ♡
これで、明日から頑張って卓球に復帰出来ます🏓
横浜みなとみらい❓横浜駅❓のトムとジェリー展に連れてって~(笑)🐱🐭