今年に入ってから、小野神社づいてます。1月15日に東京都多摩市の武蔵国一之宮小野神社を参拝し、3月1日には多摩市の小野神社を再訪しつつ府中市の小野神社を参拝しました。小野神社について調べている内に、厚木市小野にも小野神社があることを知りました。ここでは、アラハバキ神も祀られていることが分かりました。以前からアラハバキ神に興味があったので、こりゃ近いし、行くしかねえべと出かけてみました。
そしたら、な何と小野の里は、小野小町伝説の地。あれよあれよと小町神社まで参拝してきました。小町神社では、花に導かれて参道を歩きました。
実は、小野神社には2回行ったの😅
紫花菜(ムラサキハナナ)
小野神社の横に群れて咲いていました😊
小野神社
ここは、桜の花が咲く頃はきれいなんでしょうね🌸
境内の様子
手水舎
明神鳥居
拝殿
小野神社の御祭神は、下春命と日本武尊。
下春命は、多摩市や府中市の小野神社の天下春命と同じでしょう。日本武尊は明治時代に加わったそうです。
創建年代は不詳ですが、行基の事績が伝わっています。一説では、日本武尊が遭った野火の焼き討ちがこの小野の地に関係するともいわれています。小野小町の伝説も伝わっています。鎌倉幕府の御家人、愛甲三郎季隆も篤く崇敬したそうです。江戸時代には、閑香(かんか)明神と呼ばれていました。江戸時代末期に社地が移転したそうです。
拝殿
扁額
江戸時代の社号、閑香(かんか)明神の名残りですかね🤔
小野神社には、3月13日と15日の2回行きました。理由は、この扁額の写真を撮り忘れたからなんです😭特に扁額と現在の社号が違うんで、おいらの中では特に重要だったの😅
13日は、曇って寒〜い一日でしたが、15日は晴れて暖かな日でした。境内には花がなかったけど、周りには野草がご機嫌な顔で咲いていました😄
本殿と拝殿
本殿
稲荷社
5体の道祖神
おいらの大好物、道祖神も鎮座していましたよ🤗
道祖神
文化年間(1804〜1818)の年号が彫られています。
道祖神
これは単体ですね。
道祖神
信州安曇野の道祖神とは作風が違います。
道祖神
嘉永3年(1850)と彫られているようです。
しかし、どの道祖神も下半身が土の中💦
末社殿
左:八坂神社、春日神社
中央:淡島神社、阿羅波婆枳(アラハバキ)神社、日枝神社
右:古登比羅神社、稲荷神社
阿羅波婆枳(アラハバキ)神社の扁額
かすれていますが、中央に阿羅波婆枳神社と記されています。
ここで、アラハバキ神についてですが、以前から興味があった謎の神様なんです。作家の高橋克彦さんも作品の中で取り上げています。誤解を恐れず、簡単に言ってしまえば、土着の神様のようです。後からその土地に新しい支配者が来て、その新しい支配者が信仰する神様を祀り、元の神様はお客さんとして末社に祀られたのではないかと思います。この神様は、大宮の氷川神社では門客人神社として祀られていますし、氷川三社の中山神社には荒脛神社として祀られています。あれこれネット上を調べていると、多摩市の小野神社の随神門の神様もアラハバキ神といった記載もありました。
ヤバい😅ドツボに嵌りそう💦
大犬の陰嚢(オオイヌノフグリ)
神社の前の空き地で咲いていました。
烏野豌豆(カラスノエンドウ)
蒲公英(タンポポ)
仏の座(ホトケノザ)
紫花菜(ムラサキハナナ)
標準名は、大紫羅欄花(オオアラセイトウ)なんですって。おいらには読めねぇよ💦
諸葛菜(ショカツサイ)とも呼ぶそうです。
小町神社ですよ〜😄
小町緑地の入口
小町神社は、小町緑地の中にあります。
階段の奥にある駐車場に車を停めて、一旦入口まで下りてきました。
小町緑地の案内板
広いですね。小町神社は緑地の西側にあります。
水仙(スイセン)
階段の両サイドで、所々にラッパスイセンが咲いていました。
スイセン
アップもどうぞ😄
スイセン
スイセン
アーップ❗️
スイセン
スイセン
どのスイセンもお日様に当たってうれしそうでした😊
山茱萸(サンシュユ)
駐車場では、サンシュユが満開でした。
サンシュユ
花火のような花ですね。
サンシュユ
青空によく映えます😄
小町神社への登り口
椿(ツバキ)
参道では、あちこちで見かけます。
ツバキ
離れていたけど、目一杯ズームで寄って、腕をいっぱいに伸ばして撮りました💦
参道
10分程のプチ登山です😅
緋寒桜(ヒカンザクラ)
ヒカンザクラ
花はそろそろ終盤でした。
鳥居
社殿が見えてきた😄
くねくね道を登って鳥居を潜り、左に曲がったら社殿が見えました😅
社殿
小町神社の御祭神は、平安時代の女流歌人で六歌仙の一人、世界の三大美女で有名な小野小町です。
創建年代は、あれこれ調べましたがよく分かりません。おいら的には、鎌倉時代初期ではないかと思われます。
社殿の横にあった小町神社縁起には、「丹後の局という世にもまれな美人が源頼朝の子を身籠ったため北条政子が妬み、畠山重忠に首を刎ねるよう命じました。重忠は家臣の本多次郎に命じて殺そうとしましたが、局の身を哀れみ乳兄弟で小野の住人、川上酒匂の屋敷に匿い局を助けました。そのことが政子の耳に入り、政子の怒りは骨髄に達し、局は白髪になってしまいました。そこで局は、『俤のかわらで年の積もれかし たとえ命に限りあるとも』という古歌を短冊に書き、心身を清めて17日間一心に小町姫に祈ったところ、満願の日に元の黒髪に戻りました。局は、霊験の尊さを感じ、小野の林中に小町神社を建てました。その後、局は泉州住吉で男子を産みました。その子が後の薩摩の島津家の先祖だそうです。」と記されていました。
一説には、地元の鎌倉幕府御家人の愛甲三郎季隆が局を匿って、この山里に住まわせたとも伝わっています。
また、御祭神の小野小町ですが、出生地については、現在の秋田県湯沢市の他、全国各地に伝説が残っており、厚木市小野もその一つです。墓所も各地に点在しており、この小町神社の横にも「小町塚」があります。はてさて、真相は如何に🤔𓈒𓂂𓏸💭
扁額
小野小町
平成15年に奉納されたようです。
燈籠
お地蔵さん
燈籠には、穏やかなお顔の地蔵菩薩が彫られています。
小町塚
小野小町のお墓ですかね⁉️
大山を望む場所にあります。
ちなみに、前出の愛甲季隆ですが、相模国愛甲郡に住む鎌倉幕府の御家人で、本家の横山氏は小野篁の後裔とされています。小野小町は、小野篁の孫、或いは子とされています。季隆にとって小町はご先祖の有名人。こうしたことで小野の里に小町伝説が伝わったのかもしれません。
愛甲季隆の居館は、この近くにあったそうです。
スイセン
社殿の前に咲いていました。
スイセン
アップ❗️
スイセン
清楚な花です😊
スイセンの前から見上げる社殿
この中に木造の小さな神祠が納められています。
小町緑地
神社の裏手に広がっています。
桜の木が飢えられています。きっと、花が咲く頃は、さっきの小野小町の絵のような素敵な眺めになると思います🌸*・🌸*・
小楢(コナラ)かな❓
神社裏手の稜線に繁っています。
コナラ…だべ😅
若葉が芽吹いていました。
小野の里
神社から見下ろしました。
さて、みどりのまとめは、これでお開きとします。
まさか、神奈川県にも小町伝説があったとは思いもよりませんでした。小野小町は、厚木の出身だったのか⁉️歴史は面白い😄
ここまでご高覧くださり、ありがとうございました🙇♂️
小町緑地の桜を愛でながら🌸
「花の色は移りにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに」
と詠んだのかもしれませんね😌