彼女は、どこにでもいる普通のおばさん。
体重を気にしつつ、値引きシールの貼ってあるスイーツを物色し、ひとりでこっそり食べたあとは値引きシールを剥がしてゴミに出す。
友達と合流したり、自分の推しのための用事で出掛ける日は、リビングを丸く掃き、料理は手抜き。
旦那さんと目があったら、「疲れたー」を連呼する。
最初は、用事を言いつけられない為の自衛手段だったが、今では条件反射のように言葉が出てくるようになった。
旦那さんも、そのうち、彼女と目をあわすのを避けるようになった。
彼は、妻と目があったら石になってしまうのだ、と自分に言い聞かせた。

おばさんは楽ばかりしているわけではなかった。
もう皆んな巣立ってしまったが、子どもたちの弁当は毎朝作っていたし、自分のパート代は貯蓄にまわして、沢山の贅沢はしなかった。
たまに旦那さんと映画や旅行に出かけた。
そんなどこにでもいるおばさんだが、彼女の本当の姿を誰も知らない。
旦那さんも子どもたちも友人も親も、実は本人でさえ知らなかった。

【彼女が空にむかって大声で歌うと、時空がひらく】という事を。

彼女は外で大声をだして歌ったことなんかない。
歌だって、決して巧くはない。
カラオケで天城越えを熱唱するくらいの事はあっても、天に向かって大声で歌うことはない。
今までも、多分これからも。

だから、時空もひらかないし、おばさんは自分の能力を知らずに一生を終えるはずだ。

考えようによっては、そのほうがいい。
彼女が自身の力を知れば、きっと過去や未来を行き来するようになる。
旦那さんや子ども達が、その行動によって、消えてしまうかもしれない。
もしかすると開いた異時空間から、恐ろしい生物がやってくるかもしれない。
後悔するのは、おばさん自身だ。
過去は消せないほうがいいし、未来も知らないほうがいいのだ。

そんな特殊能力をもったおばさんは、まわりにもいるかもしれない。
あるおばさんはフルートを吹くと、雨を降らせる事ができるかもしれない。
だが、そのおばさんはフルートなど吹いたこともないし、興味もない。
フルートを吹いているのは、雨を降らせる事ができない人達ばかりだ。
また、あるおばさんは、リボルバーを持たせたら、次元大介並みの早撃ちの名手に早変わりするかもしれない。
指が反射的に動くのだ。
それは努力も訓練も必要としない銃遣いの性。

だが、そんなおばさん達も、自分の正体を知らずに人生を終えていく。
空にむかって歌うこともなければ、フルートを吹くことも、銃を手にすることもない。

そして、そのレアな人種である普通のおばさんは、隣家に住んでいる人かもしれないし、スーパーですれ違っている人かもしれないし、私かもしれないし、あなたなのかもしれない。


〜特殊能力をもつおばさん〜