【なんでも真っ直ぐに致します。お気軽にご相談ください。】
表の看板に釣られて店に入った。

店主らしきおやじが「いらっしゃい。」と言う。
「表の看板を見たんですけど…。」
私は周囲に視線を泳がせながら話しかけた。
なぜか部屋の中央だけ、広くあけてある店内だった。
「はいはい、何を真っ直ぐに致しましょうか！」
おやじの頭は見事にツルッとしていて、福を呼び込みそうな輝きを放っていた。
「まさか背骨とか… そういうのは、されてませんよね…? まさかね」
私は自分の言葉に半笑いになりながらも、一応尋ねてみる。

「ああ、背骨ね。やってますよ。」
予想外の返事に一瞬戸惑う。

「お客さん自身の背骨で？」
「はい…。」
「曲がりの度合いにもよりますが、大抵は一度で済みますよ。」
おやじは慣れている案件のように軽く言う。
「おいくらですか？」
おやじは一回、一万円だと言った。
(背骨が真っ直ぐになったとしても、それは一時的なもので、何度も通わせ、お金を巻きあげる気なんだ…)と私は思った。

「背骨の曲がりは生活習慣によるものが大きいから、また徐々に曲がってくるかもしれないけど、たぶん十年くらいは保てると思いますよ。満足頂けなければ返金保証も致しておりますよ。」
私の心を見透かしたかのように、おやじは言った。

(一万円で十年も保つのか… )

興味も湧いたので、試しにやってもらうことにした。

「カミさんを立ち合わせますよ。」
おやじは、おーい、と奥さんを呼んだ。
奥さんが「いらっしゃいませ〜」とにこやかに顔を出した。
「背骨のお客さんよ。」とおやじが言うと、丸い顔の奥さんは「はい、じゃ、バスタオルね。」と軽やかに返事をして棚から、バスタオルを取ってきた。
おやじは、部屋の中央に私を移動させ、後ろを向くように言うと、私の背骨の曲がり具合を指で押しながら確認した。
おやじは、前屈みに腰を折り曲げ、お辞儀の姿勢になった。
その背中に奥さんがバスタオルをかける。
おやじがお辞儀をしたまま「お客さんの背骨はひだり寄りに曲がってるみたいだから、右側の背中から乗って！」と叫んだ。

奥さんが、おやじと背中合わせになるように私を誘導して「はい、このまま、右側の肩と背中から乗っけてください。」と言った。
「手は力を抜いてダランとさせてね。」
私は言われるままに、おやじの背中に背中から乗った。
要するに、子供の頃によくやった背中合わせでシーソーみたいに交互に担ぎ合いをするやつ。
その担がれバージョンのようなものだ。
背すじを伸ばす為に、家族や友達同士でやったこともある、誰にでもできる、あれだ。

私は(騙された…)と思ったが、笑いのネタにはなるわ…と一万円は諦めることにした。

もう、どうでもいい気分で担がれるまま、店の白い天井を眺めていると、真上に五芒星の印が見えた。
担がれた姿勢は、背骨が伸びて大層気持ち良かった。
この体勢、こんなに気持ちの良いものだったっけ？
昔、友達同士でやった時は、普段やらない体勢だからか、力が入ってしまい、なんだか苦しかった。
おやじの背中は、眠ってしまいそうになるくらい心地良かった。

一万円を払って、一応お礼を言い、店を出た。
「ご納得いかなければ、ひと月以内に、来店くださいね。全額返金保証期間内ですから。」
帰り際に奥さんが愛想良く見送ってくれた。

(二度は騙されない…。もう、この店に来ることはないだろう…)
店を離れ、坂を下る。
背中はシャキンとなって調子は良い。
肩凝りも治まっている。
いつまで保つだろうかと思う。
然し、あのおやじの背中は本当に心地良かった。
今、私の身体は、とても軽い。
あまりに調子が良いので、バスに乗らず、家まで歩いて帰ろうかと思う。

ひょっとすると十年保つというのも、まんざら嘘でもないんじゃないかと思えてきてしまう。
全額返金保証マジックのせいかもしれなかった。

追記
翌々週、その店の前を通ったのだが、正しく言えば、その店があったであろうと思われる場所を通ったのだが、店は消えてしまっていた。
代わりに、子供向けの英会話スクールが現れた。
やっぱり騙されたんだと思ったが、まだ背骨は真っ直ぐで調子良かったので、大して腹はたたなかった。
そして、あれから四年経ったが、私の背骨は未だに快調だ。
あと六年…。
あの店も、あのおやじの背中も【本物】だったのではないだろうかと思いはじめている。