台湾閣
円形花壇
カレックスが入ったのは本当に良かった。
花壇が更新されていた。
暖かくなる頃には、だいぶ茂っていそうだ。
シロタエギクの良いところがいまいちわからない。育ててみたらわかるの?
姫アガパンサスが1輪だけ咲いていた。ここはよく日があたって、季節を勘違いしちゃったのかな?
ラクウショウの森
松の雪吊り
台湾閣から見た日本庭園
台湾閣には久しぶりに来た。
飾り窓
非常に美しい。
この壁の白さをどうやって維持しているんだろう?
中国でも日本でも、瑞雲は吉兆を表す伝統的なモチーフだった。台湾閣は当時の皇太子(後の昭和天皇)の成婚祝として贈られたので、ここでの吉兆は、皇太子の結婚と期待されていた安定的な統治のことだったろう。
梁同士を繋げている彫刻にも、何か意味があるかもしれないが、よくわからない。
誰がこんなところ見るの?と聞きたくなるところまで、彫刻が施されている。
刻まれている文字は、於物魚躍(おじんぎょやく)。
ああ、魚が跳ねているね、というだけの意味だけれど、そんなふうにのんきに池を眺めていられるほど、豊かで平和な社会が続くように、と言う願いを込めた言葉らしい。
出典は『詩経』。詩経は孔子がまとめたという伝説だが、孔子の時代には既にある程度、現在の形にまとまっていたというのが現在の定説らしい。
格調高いけれど圧迫感はなく、ひたすら美しい。
この彫刻も雲かな?
鍵はさすがに現代のものに付け替えてあるけれど、金具は当時のままで、非常にかわいらしい。
もともとは池に面する柱に嵌め込まれていた建具は、もう使われてはいないけれど、大切に保管されている。
修復のたびに、オリジナルのデザインを忠実に再現しているらしい。
この建物が造られた1920年代当時は、ガラスは大変な貴重品だった。
これほどふんだんにガラス使うことができたのは、皇室関連の建築物か、一部の豪商の邸宅に限られていた。
たぶん蓮の彫刻。
折り戸
これほどの建材を当時の台湾総督府に集めることができたのは、1895年の下関条約で清から割譲を受けて以降、日本が台湾を占領していたから。
台湾総督は天皇から直接任命され、小天皇と呼ばれるほど、台湾では絶大な権力を握っていた。
自分たちの権力の源泉である天皇の子息の結婚なんだから、盛大に祝うに決まっている。きっと将来のボスだと思っていただろうし。
植民地時代の搾取によって作られたものではあっても、この美しさは否定できない。
それにそれも歴史の一部であるし、この建物が当時の台湾の建築様式を真剣に研究して作られたものであるのも事実だ。
空襲や台風に耐えて、100年以上現存しているだけでも大したものだ。
この屋根は、当時の台湾の建築物の特徴である閩南様式(びんらんようしき)の中でも重要な、燕尾と呼ばれる形式の屋根だそうだ。特別格式の高い人物の邸宅などでしか使うことを許されなかったし、技術的にも難しいらしい。
台湾閣から見た松の雪吊り
とても良い。
ハクセキレイ
エリカが花を咲かせていた。
放射能汚染土で植え付けられたパキラ
剪定してもらって、いつも窓のブラインドを上げてもらえるようになってからは、元気になったみたい。
インフォメーションセンターに、布にできるスタンプを試すことができるスペースができていた。
このスタンプで作るエコバッグはいらなかったけど、スタンプをすること自体は好き。
新宿御苑の近所のボム
ボムはあったほうが人が生きている場所という感じがするので、どちらかと言うとあったほうがいい。
私も余りしません、
寄せ植えで観ると チョッピリ良いなーと思うだけ😳