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さすらいのボタニスト、ヤガメです。こんにちは。
植物は時として人を狂わせる、奇妙な魅力を放つことがあります。
大麻やヘロインといった麻薬だけではなく、何気なく可憐に花を咲かせるだけの存在が、人を狂わせることもあるのです。
それは、昭和という時代が終わりかけていたころのこと。
ある植物が大変な人気を博しました。
植物についた値段は、なんと……
興味のない人にとっては所詮「草」に過ぎませんが、この魅力が、実は馬鹿にできないのです。
今から約30年ほど前、ある植物が大変な人気を博しました。
ウチョウランという、小さく可憐な花を咲かせる日本の野生ランです。
●可憐な花のウチョウラン
ウチョウランの自生地は、湿った岩場で……

時に切り立った崖のような場所に張り付くように可憐な花を咲かせます。
草丈はせいぜい20cm程度、花は1cm程度で、それほど目立つ植物ではありません。
以前よりその存在は知られていたものの、ブームになる前は盆栽の添え(盆栽を飾る時に近くに添えて鑑賞する草)として、なんとなく鉢植えにされる程度の地味な存在でした。
栽培法もよくわからず、山から取ってくればよい地味なランを、真面目に育てようとする人はいなかったのです。
●欲しがる人が増えていき……
ところが、そんな地味なランを、真面目に育てようと努力する奇特な人たちが現れました。
ウチョウランには、個体ごとに、さまざな花色・花型の変異があり、それに目をつけた人たちがいたわけです。
これは面白い!
ということで、次には、それを欲しがる人が増えてきました。
次第にその熱は、ブームという形で暴走し始めます。
●ある日ついた値段が……
観賞価値が高いと判断された個体は、「銘品」として名前が付けられ、園芸屋さんのカタログに載ります。
昭和から平成にかけての好景気も手伝って、1株100万円以上するウチョウランがたくさんありました。
たとえば、このウチョウラン。

紅峰
北関東産。「紅一点花」と呼ばれる花色。
かつては大変高価で、最盛期には150万円もの価格で取引されていました。
しだいに、カタログには、数百万円するウチョウランも登場し始めました。
私が聞いた額では、最高400万円の値段がついたそうです。
●伝説の盗難事件
お金がからむと、色々な伝説(笑い話とも言えようか)が生まれるものですね。
たくさんありすぎるので、今回は一つだけご紹介しましょう。
とある日、高価なウチョウランを大量に集めていた、コレクターの家に泥棒が入りました。
栽培場には簡単なカギを付けていたものの、泥棒さんはカギを壊し、高価な苗を容赦なく奪っていきました。
当然、栽培棚の主は警察に連絡します。
れっきとした盗難事件ですから、警官が現場検証に来るわけですね。
そして、警官が栽培棚の主に言った言葉は、
「そんな高価なものは、金庫にしまってください」。
ウソのような本当の話でして、この手のウチョウランの伝説は、古くから植物愛好家の語り草になっています。
●大量増殖で大暴落
その後、ウチョウランは種子からの増殖法が確立され、大量に増殖されるようになりました。
たくさん苗ができることになり、愛好家が大喜び……と思いきや、真逆の反応。
なぜなら、数百万円した苗は、数年で数百円という値段になってしまったからなのです。
●銘花も身近に

おかげで、今では、かつての銘品と呼ばれたウチョウランたちも、
比較的手頃な値段で入手できるようになりました。
そんな銘花たちの中から、いくつかご紹介しましょう。

皇帝
北関東産の個体で、フリルの入った唇弁が特徴。
小さい花ですが、独特の美しさがあります。

月輪
ウチョウランのかつての銘品。
この個体の兄弟株の「虹」と呼ばれる個体は、その後「虹系」として、交配品種の親として多用されました。

鈴露
北関東産。純白で唇弁がほとんんど切れ込まない個体。
このように、2つの変異を持ち合わせているような個体を「2芸品」といいます。
このような個体は、かつて高く評価されていました。
●人に歴史あり、草に歴史あり(?)
現在、私たちはホームセンターなどで、ブームの時に山野から採集されたウチョウランの末裔が販売されているのを見ることができます。
このウチョウランの後ろには、どんな人の歴史があるのだろう?
そんなことをボンヤリ思いながら、この可憐な草を育てるのも、また一興かもしれません。
フローリスト編集部