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nyahoさんの小さな庭,リシマキア オーレア,リシマキア オーレアの投稿画像

2023/08/19
   猫にもらった石の話


 「ちょいなちょいな」と、妙な声が聞こえて目を開けた。ちょっとでも気を抜くと意識が遠のいてしまいそうな暑さの中、迷路じみた路地を歩き疲れ、とある古寺の木陰に逃げ込んで石段の脇で一息ついていたのだった。いつの間にかうとうとしていたらしい。

 見ると声の主は、すらりとした鯖虎(さばとら)の猫だった。石段にちょこんと座り、前脚でこちらの脇腹をつんつんしてくる。

 「あんたさ、もしかするンならば、お医者でござるンかよ?」

 ちょっと言葉がおかしいが、猫なんだから仕方ないかと妙に納得する。まあ言いたいことは分かるし。

 「いえいえ、違いますよ。僕は絵描きです。この町へ来たのは初めてですが、まどろむようなひなびた家並みと穏やかな入り江の風情が面白くて。それで下絵の参考にと思って、あちこち写真を撮りまくっていただけです。すみません」

 なんで猫に謝ってるんだろう。

 「さようでござるンか。そりゃ残念だあね。あんたの指がたいそう綺麗でござるから、もしかするンならば、くっそ難しい手術もまんまとこなすお医者かと思ったでござるンよ」

 指が綺麗? そんな褒め言葉をもらったことなんて、いままで一度も……いや、そういえば何年か前、手術を受けた友達の見舞いに行った病院で、病棟に上がるエレベーターに後から乗ってきた見知らぬおばあさんに、「開く」ボタンを押した指をなぜかいきなり褒められたことがあった。ひどく面食らったけど、これはあのときの記憶が投影された夢なんだろうか。



[長くなりそうなので、ご用とお急ぎのない方のみ、よろしければ続きをどうぞ。この後につなげていきます🐸🐸🐸]
2023/08/19
 (猫にもらった石の話 つづき)

 ツクツクボウシがやかましく鳴き始めた。

 「でもさあ、そのややこしい機械をまんまと操って絵にするんだろ。そんなあんたならば、うん、きっと大丈夫でござるンよ。もしかするンならば、まんまと力を貸してくれると、そう睨んでござるンよ」

 「何かまんまとお困りでござるンかな」

 いかん、妙な言葉づかいがうつってしまった。

 よくぞ聞いてくれたといいたげに、鯖虎猫は目を細めた。まるで手練れの姐御を相手にしているように、神妙な気持ちになるのはなぜだろう。なんかやばいかも。

 「それよそれ。うちのキッちゃんなのでござるンよ。いたずら盛りでさ、もうほんとにまんまと手を焼いてしもうて。あれやこれやで目がまわるほど忙しいのに」

 「ヒトの手も借りたいくらい?」

 緊張をほぐしたくて茶々を入れてみたけれど、相手は話に熱が入って僕の下手な冗談にはまるで乗ってくれなかった。なんか悔しい。



2023/08/19
 (猫にもらった石の話 つづき)

 「ほれ、好奇心が猫をくたばらす、とか言うだろ? 気ままな野良暮らしは自由でいいなと思われがちだけど、子育ての間は特に、意地悪なカラスによっぽど用心しないといけないでござるンよ。だのにキッちゃんときたら、あたしの言いつけにも聞く耳をもたず、まんまと出歩いてばかりで。

 そいでもって今朝のことでござるンよ。港には近づかないようにとあれほど口酸っぱく言い聞かせてたのに、まったく。あの子が言うには、魚河岸をぶらついていたら干からびた魚が落ちていて、どんな味だか気になって気になって、どうしてもどうしてもかじってみたくなったと。

 まったくもう、恥ずかしいやら、情けないやら。これじゃあたしが、あの子にろくな食べ物も与えてないのではと、皆にまんまと邪推されてしまうでござるンよ」

 「ごもっともです。それでキッちゃんは?」

 「なんとまあ、魚に残っていた釣り針が、キッちゃんの口の端にずぶりと刺さってしもうたのでござるンよ。本人は強がってなんでもないふりをしてるけど、そのままにしとくわけにもいかず。かといって、かように細かい作業には、あたしらの肉球なんぞとんと用をなしませぬ。

 だから、お願いだよ。よっぽど器用なあんたの手で、まんまと針をはずしてやってもらいたいのでござるンね」

 「分かりました。そのくらいなら僕にもできそうだ。でも、なるべく噛みついたりひっかいたりはしないでほしいな」



2023/08/19
 (猫にもらった石の話 つづき)

 参道をまたいだ向こう側の、黒松や棕櫚が生えている庭の方に向かって鯖虎さんが声をかけると、草むらからちっちゃな子猫がひょいと顔を出し、おずおずと近づいてきた。毛色はおおむね灰色だけれど、額と背中に少し縞模様がある。よく見ると口から三〇センチくらい、透明なテグスらしいものを引きずっている。

 「さあさキッちゃん、こちらの先生が、これからまんまと治してくれるでござるンよ」

 子猫の口に刺さった針は思ったより小さくて細かったが、先に返しがついている以上、無理に引き抜くのは忍びない。なるべく痛い思いをさせたくないので、掃除をされていたお寺の方に事情を話し、庭の造作に使っているという金切り鋏と小さなやっとこをお借りしてきた。

 キッちゃんは見慣れぬ道具に怯え、身を強張らせ、もがき始めたが、鯖虎さんにしっかり押さえ込まれて観念したようだ。

 「手術」は大して手間取ることもなく、あっけなく終わった。針が抜けるまでずっと呻いていたキッちゃんも、憑きものがとれたように静かになった。

 採血や注射のときに看護師さんが口にする、「はい、ちょっとちくっとしますよ」という、あのセリフも使う機会がなかった。正直なところ、ちょっと言ってみたかったのだけど。

 蝉しぐれは、いつしかツクツクボウシからヒグラシに変わっていた。

2023/08/19
 (猫にもらった石の話 つづき)

 目が覚めると、そこは見慣れた自分の部屋だった。西日を浴びた庭の桃の木が、障子にくっきりと影を投げかけている。熱い空気がこもってむっとする部屋の中は、描きかけのカンバスやら写真機材やらが散らかり放題。いつもどおりの乱雑さだ。

 頭がぼんやりして、いったいどれだけ長く眠っていたのかよく分からない。背中はじっとり汗ばんでいる。なんだか不思議な夢を見ていた気もするけれど、作品制作のきっかけになりそうな風景を求めて海辺の町を旅したのは事実だった。

 そして枕もとには、猫の耳の形をした硬貨ほどの大きさの石が二つ置かれていた。紅いのと、白いの。これはキッちゃんが釣り針から解放されて感激した鯖虎さんが、お礼にと言って僕にくれたものだ。

 「これは猫耳石というまっこと霊験あらたかなもので、紅か白か、どちらか一つの望みが叶えられるのでござるンよ。

 紅を選べば、あんたに福がくる。白を選べば、あんたの大切な人に福がくる。昼夜を問わず二つの猫耳石を身につけて持ち歩き、決心がつきなすったら、夜中にここの岸壁にある常夜燈の先で、選んだ方の石をどっぽんと海中に投げ入れるのでござるンよ。

 じっくり思案すればいいけど、今夜から数えて三度目の満月を過ぎると効力が失われるから、まんまと気をつけなさるがよろし」

2023/08/19
 (猫にもらった石の話 つづき)

 僕は二つの石を手にとって庭に出た。かすかに吹く風には、早くも秋の気配が混じっている。とても静かだ。

 小さな池のそばに、腰をかけるのにちょうどいいくらいの岩がある。僕はそこに落ちていた枯れ葉を払い、猫耳石を二つ並べて置いた。ありふれた凝灰岩がほんの少しだけ、古い石碑のような厳粛さを帯びて見えた。

 本当にこの小さな石にそんな力があるのだろうか。もしあったとして、僕に選ぶことができるのか。

 単に福を呼ぶ石だといって授かったのであれば、迷うこともあるまい。ありがたく受け取って自分で大事にしていてもいいし、幸あれと願う相手に贈ってもいい。一方を優先して他方を棄てたという意識は生じないはずだ。

 しかし僕に与えられたのは、自分か相手かどちらか選べという課題だった。しかもどちらを選んだのかを、期限までに具体的な行為として示さねばならない。鯖虎さんの厚意を疑うわけではないけれど、これはなかなかきつい。

 人の心は移ろいやすいもの。二人のうち一方だけに幸運が舞い込んだとして、取り残された側に妬ましい気持ちが芽生えないと言い切れるのか。子猫の苦難に少しばかり手を差し伸べた報償として受け取ったものは、いかにもそれとは不釣り合いに大きく、やっかいな選択肢だった。

 やっぱり無理だ。僕には選べない。逡巡を繰り返しながらも、たぶんこのまま三度目の満月を迎えるのだろうと、確信に近い予感があった。

 どう転ぶか分からない気まぐれな力に頼るより、二人で一緒にゆっくり歩いていく方がいい。たとえ分かれ道に差しかかるたびに、薔薇の棘にそっと触れたときのような、かすかな断念の痛みを想起することになるとしても。

 (はい、ちょっとちくっとしますよ…)

 太陽はすでに裏山に沈もうとしていた。薄い青から群青、紺色、そして黒へと、しだいに深まってゆくグラデーションのさなかに、満月が煌々と輝いている。


(2023・8・19
 2023・8・21 加筆修正)
2023/08/19
@nyaho さん

読ませていただきました📖✨
面白かったです💕
2023/08/19
@リンツ さん

ありがとうございます
お疲れさまでした🐸🐸🐸

なるべく植物も絡ませたいなと思いながら、あまりうまくいきませんでしたね〜😅😅😅
2023/08/20
@nyaho さん

nyahoさんの作品でしたか
素敵なお話でした

時代背景は読者の感じ方次第かな、猫の喋り方がカワイイですね、全体の不思議感と相まって
2023/08/20
@nyaho さん

済みません、途中でした💦

完成度が高くて素人さんの作品ではない気がしましたがー
上から目線で済みません🙇‍♀️

また機会があったら読ませてくださいませ〜
2023/08/20
@リンツ さん

まんまとお読みくださり、ありがとうでござるンよ😺

絵描きの年齢を30代後半くらいと決めただけで、時代設定は特に意識しませんでしたね

猫さんは最初のバージョンだともっと上品なマダム風でした😺

また何か妄想が浮かんだらよろしくです🐸🐸🐸





2023/08/20
@nyaho さん

鯖虎さんから直々にご挨拶いただき、まんまと嬉し✨💕

あら、私もうつってしまった

nyahoさんには鯖虎さんや上品マダムさんたちの世界があるのですね🌏

また、こちらこそよろしくです〜♪

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10年以上放置していた庭木の剪定をしたのをきっかけに、2021年秋にガーデニングを始めました。お気に入りはクレマチス、バラ、アナベル、ホスタ、ヒューケラ、クリスマスローズ。 外出先の写真は、125ccハンターカブで出かけたときに見つけた草花がほとんどです。狭い道にも入っていけるし、面白いものがあるとすぐ停められるのでとっても便利🐱🐱🐱 たまにミニチュアハウスとミニチュアフラワーも投稿します🐸🐸🐸

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