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けいちゃん
生活排水で汚れた川沿いを歩いて、川向こうの製紙工場の煙突が並ぶ方角に橋を渡ると僕の彼女の家があった。 錆びたトタン屋根の小さな二階屋で、二階の彼女の部屋の窓を開けると、ここでも製紙工場が出す独特の臭気が鼻をついた。 風向きによっては、煙の臭いが薄れる日もあったが、そんな日は代わりに、川からのドブ臭いにおいが気になった。 彼女は、それらの事をとても恥ずかしがり、僕が家に来るのを嫌がった。 彼女の両親は、家から少し離れた同じ町で食堂をやっていて、臭気に包まれたその町の食堂は、主に製紙工場で働く人たちとその家族等のなじみ客で成り立っていた。 彼女の職場も製紙工場で、町に住む七割くらいの人達が製紙工場の恩恵を受け、製紙工場を軸として回っているのだった。 僕達は、夏でも部屋の窓を閉め切って抱き合った。 そして、結婚して、その町から彼女を連れ出した。 一人娘だったが、彼女の両親は喜んで送り出してくれ、晩年には僕達に迷惑をかけたくないからと家を売り、二人して別々の施設に其々で入った。 同じ所の空きがなかったのか、何故、別々なのかは聞いていない。 僕達には、子供ができなかった。 だから、彼女の両親には孫を抱かせてやれなかった。 そのことを少し負い目に感じた事もあったが、同時に、子供を連れて、あの町を訪ねる事ができなくて、ほっとしている自分もいた。 彼女がよく言っていたのだ。 自分の子供には、あの町の臭いを経験させたくないと。 僕は、彼女があの町を嫌っているのだと思っていた。 だけど、もう子供を望めない年齢になり、しばらくした頃、夢から醒めた彼女が、泣きじゃくりながらヒステリー気味に僕に打ち明けた。 町の夢を見た、と。 結婚してから一度も見なかった、あの工場の煙突からの臭気とドブ臭が蔓延しているあの町の夢をみた。 とても懐かしくて、あんなに嫌だったのに、大嫌いな臭いだったのに、ただ懐かしくて、あそこが私の居場所なんだと。 そんなふうに思ってしまう自分が恐ろしくて嫌だとも言った。 僕は泣きじゃくる彼女を、そんな事はない、そういう事もあると、なだめ続けた。 彼女が、その事で取り乱したのは、それが最初で最後だったが、その時の彼女が口にした居場所という言葉が僕の頭から離れなくなった。 彼女がいつかフッと居なくなる日がくるんじゃないかと恐れた。 僕は今、彼女の両親の他界後、一度も行かなかったあの町に来ている。 現在、あの酷い臭いのする町は存在していない。 悪臭を漏洩させないための設備が整い、防止対策がなされている為だ。 河川の清掃や下水道の整備等による水質改善のおかげで、ドブ臭もなくなった。 臭気に包まれていたトタン屋根のあの家は、とっくに無くなって、小さな駐車場になっている。 僕は彼女の遺影を鞄から出して、町の景色を一緒に眺めた。 彼女は、僕から離れる事はなく、病気でその生涯を終わらせた。 彼女が幸せだったのかどうかは僕には、わからない。 でも僕が幸せだったように彼女もそうだったと信じたい。 風が吹く。 遺影の中の彼女が「においがしないのね…。つまんない町になっちゃったのね」と言っているような気がした。
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