夕方　私はお使いに出ました

母に言われて、あるお家に野菜か何かを届けに行ったのです
うちは、その頃お婆ちゃんがお店をやっていたんです

初めて見る大きなお屋敷で、私の背丈の倍くらいもあるような高さの玄関扉が恐ろしかった

いわゆる洋館で、幹線道路沿いの池を越えた場所にあり、池越しに三角の屋根だけが木々の間から突出している姿を何度か見ていました

近くに来たのは初めてでした

チャイムがどこにあって、鳴らしたかどうかも覚えていないのですが、大きな扉は開いて
私は中に入っていました

女の人が私から荷物を受け取ると丁寧にお礼を言ってくれました

その家には私と同じくらいの歳の女の子がいて、学校では見ない顔だったので不思議に思いました

記憶では、この女の子と一度だけ外で遊んで、家に来て‥と言われて再び　その大きな玄関の前に来たと思います

でも気後れしたのか中には入らずに帰ったように思います

母に聞いたら、越してきたばかりのお宅と言っていたような‥

なんだか記憶も途切れ途切れで私自身もよく覚えていないのです

実はこれは夏休みの間だけ父の里の福岡に帰省していた頃の話で、毎年夏が終わると名古屋の自宅に戻っていたので、その後、その洋館に行く機会もなく、女の子のことも忘れてしまっていました

お婆ちゃんが弱ってきて家族で再び福岡に移り住むようになって何年かは池越しに洋館が見えていたような記憶があるけれど、いつのまにか無くなっていました

大人になって随分経った頃、母に洋館があったよねえ? と聞いてみましたが母もよく覚えていないようでした

何年も忘れていたのに、何故かあの大きな暗い玄関をたまに思い出すのです

その家の女の子が、そこら辺の田舎の子と違っていたこと
大人しく上品で洗練された様子、重々しい雰囲気の洋館、私が気後れしていたことも今なら理解できます

あの女の子は何故わたし達の小学校に来なかったのだろう‥
そして　どこに行ったのだろう‥

そして自分がそういった事に興味もなく詮索もしない子供だったことに気づきました

それなのに今になって、半分夢でもみていたような気持ちで、気になって仕方がないのです