時計の針は午後五時六分を指していた

空は暗雲に覆われ、それでも夕方なのだと知らせるように一条の茜色を残していた
日の入りはとっくに過ぎていて、消え入りそうな赤色があがくように刻一刻、色を落としていく

早く、ここから抜け出さなくてはいけない

暗闇になる前に

焦りで足がもつれ、思うように前に進まない

まるで夢の中にいるように自分の動作だけがスローモーションがかっている
夢ならよかったのに‥

もう少し早く切り上げればよかった
最後のあの勿体ぶった形式的な別れの挨拶を適当にやり過ごしていればよかった

今となっては自分の八方美人さ加減が恨めしい
だが　もう遅い

悪寒の強さと並行して　それらが地面から這い上がってくる

なるべく見ないように足を前に運ぶ

あと十数メートルほどの距離だというのに
たぶん　もう間に合わないだろう

ボイスレコーダーにコレを残しても何か意味があるのか‥
きっと　無になる

僕の存在自体が無くなるから‥


赤黒くなっていく空の線を睨んだ

昨年の今頃は陽の名残りが消え入る間際の余韻を楽しんでいた
今はそれが無性に恐ろしく無性に悲しい

闇になるのは数十秒後か数秒後か？

悪寒が喉の奥まであがってきて気を失いそうだ

お願いです
このスマホが落ちていたら
どうか家族に届けてください
僕の存在はもうなくなっていて、家族も僕のことなんて知らないと言うかもしれない
それでもいいから　どうか届けてください


〜落ちていたスマホのボイスレコーダーより〜